家庭教師の教え子に調教された

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家庭教師の教え子に調教された
私が大学生の時です。
女子中学生の家庭教師をしていました。
今の中学生と違って、そのころの中学生は、本当に素直で純真な感じでした。
週に3回ほど行きました。
最初は部屋もきれいに片付けられていたのですが
そのうち部屋に入ったときにベッドの上に可愛い下着が脱ぎすてられているようなこともありました。
何かの用事で階下に下りていったときに、ついその下着を手にとりました。
パンツのちょうどそのところは薄く色がついていました。
思わず、そこに口をつけてしまいました。
それだけで、若い男の体は、ギンギンに固くなっていました。
5月から家庭教師をはじめて、やがて8月の夏休みとなるころにはずいぶんと親しくなっていた。
その年の夏は猛暑だった。
タンクトップやランイングシャツが流行っていたので、その子もそんな姿で勉強をしていた。
「暑い、暑い。」と言って、わざとらしく、僕の前で着替えることもするようになっていた。
時にはブラジャーをつけないでいることもあった。
14歳の少女の誘惑に負けそうであった。
親の承諾を得て、夏の海に日帰りで遊びにいった。
ゴムボートで波に揺られていたとき、自然な流れでキスをした。
その子とのはじめてのキスだった。
それからは家庭教師に行ったときでも、親の目を盗んでは勉強部屋で抱き合うことも多くなった。
14歳の体は、まだミルクの匂いがするような幼い体の匂いだった。
胸はそれなりに大きくなってはいたがまだきれいなピンクであった。
それでも、先を口に含んでやると切ない声を漏らした。
勉強はよくするようになったので親には感謝されていた。
若い体に唇を這わせているうちに胸や太ももにもキスマークがついてしまったが
その年ごろには親と一緒に風呂に入ることもなかったのでばれることはなかった。
修学旅行などで同級生にばれないか心配であったが、若い体のキスマークは少し経てば消えた。
そして、めでたく、有名私立女子高校に合格した。親は大変な喜びようであった。
そのため、高校に入っても家庭教師は続けることになった。

高校生になるとますます綺麗になった。
有名私立高校の授業のレベルは高く、大学生の家庭教師が教えられる程度を超えていたが、
その子が両親に先生に教えてもらうと良く分かると話していたので、家庭教師はそのまま続けられた。
そのころになると、私はその子のとりこになってしまっていた。
「肩もんで!」彼女は私のそうした心をもてあそぶようになっていた。
彼女の気分や都合で私を自由にもてあそんだ。簡単にはキスやペッテングを許してもらえなかった。
そうした反面、「足舐めて。」と部活をして学校から帰ってきたままの汚れた足を舐めさせられた事もあった。
体にキスをする場合でも、彼女の命令のとおりにしなければならなかった。
たびたび、あそこを舐めさせられたこともあった。
1日活動してきたままのシャワーも浴びていない汚れたままの若い娘のそこは
いやな臭いではなかったが独特の匂いがした。
ただ、このような生活は嫌いではなかった。私はそれほど彼女に夢中になっていた。
私はどんどん彼女の男奴隷のようになっていった。

その娘が高校3年生になったころ、上野の美術館に特別展を見にいった。
朝からでかけたので、昼すぎには見学も終わり、二人で食事をした。
午後、彼女に「ついて来て!」と言われ、鶯谷へ行った。
どこで調べておいたのか分からないが、あるホテルに入った。
それまで彼女とはSEXはなかったので、
今日は許してもらえるのかと期待に胸をはずませて入った。
しかし、そこは普通のラブホテルではなかった。
いわゆるSMの部屋だった。
そこで私は全裸になることを命じられた。しかたなく裸になった。
そして、キリストのように十字架にはりつけにされた。
彼女はムチを取った。そして突然ムチを振り下ろした。
最初は太腿近くにあたった。息がつまるほどの痛みが全身をつらぬいた。
次々とムチで打たれた。下腹、胸、足の付け根、と体中にミミズ腫れになった。
ムチがあそこに当てられたとき、あまりの痛さにとうとう失禁してしまった。
しかし、これはまだ序の口だったのだ。

ハリツケにされたまま、彼女は洗濯バサミのようなものを取り出した。
そのひとつで乳頭を挟んだ。
男の乳頭にも神経が集中しているので失神するほどの痛みが走った。
胸に4つ、腰に4つ、腹に6つと挟まれた。
急所のところの袋にも6つ挟まれた。
耳、鼻、唇にも挟まれた。
そうして、またムチを取り出し体に振り下ろされた。
洗濯バサミはそのムチではねとばされた。
それが外れたときに感じる痛みはつけたとき以上だった。

こういう痛みを受けたことのない女子高校生の拷問は限度がなかったのだ。

次に彼女が取り出したのはダーツの矢のようなものだった。
先には細い針がついていた。
そのダーツの矢を持って私の体を的にして投げつけた。
最初の1本を投げつけられたとき恐怖で声を上げてしまった。
痛みというよりも、矢が体にささり血が吹きだしてきたのが恐怖だった。
あたり所によって痛くないこともあったが、
神経に触れたようなときは震えるほどの痛みを感じた。
胸から腹へ、そしてその下の方に的を移していったので、
最後にあそこに当てられるかと思った。

十何本か体に刺さったときに、ようやく投げるのをやめた。
また、ムチを持ち出した。
体にささったままムチで打たれたら深くささってしまうのではないかと思った。
しかし、その後、針は1本づつゆっくり抜かれた。
抜くたびにそこからは血がながれ出していた。
ハリツケ台は電動になっていて、スイッチを入れるとタテになっていた台が水平になった。
次はローソクだった。赤い太いローソクに火が点けられ、溶けた蝋が落とされた。
ムチの跡や針のキズに熱いローソクが容赦なく落とされた。
もう限界だった。
相手が教え子であるということを忘れて、
「助けて下さい。」と思わず敬語になってしまった。
彼女は、なかなか止めなかった。

そして、やっと、ハリツケから私を解放したとき、
彼女のあそこはヌレヌレのようだった。

「抱いて。」とやっと女子高校生らしい表情になって甘えてきた。
2人でベッドへ移動し、初めてのSEXをした。彼女は初めてだった。
充分濡れてはいたが、挿入したときは、「痛い、痛い。」と可愛い声を出した。
これで私たちの立場は逆転したかに感じたが、その後も彼女の女王様ぶりはかわらなかった。

彼女が大学に進学したとき、マンションを借り一人暮らしを始めた。
そのころはもう家庭教師の仕事は辞めていたが、彼女から連絡があり喜んで出かけた。
それが彼女のマンションに行った最初である。
初めてマンションに入ると、イチジク浣腸が並べてあった。
「これで腹の中をきれいにして来なさい。」と言われた。
「きれいにしないとあとで大変なことになるからね。」
私はそれがどういうことなのか、そのときはまったく予想しなかった。
お手洗いに行き、自分で自分に浣腸をした。
浣腸は何個も用意されていたが、1度出しただけで、お手洗いを出た。
「きれいにしてきたのね。」と言うので、「はい。」と返事をした。
「じゃ、裸になってお尻を出しなさい。」「足を手で抱えて仰向けになりなさい。」
言われたとおり自分の足を抱えて仰向けになった。
彼女の手にはソーセージが握られていた。それをアヌスにあてゆっくり押し込んだ。
そしてゆっくりと押したり引いたりはじめた。
その上でオナニーを命じられた。「出るまで止めないよ。」と言われ、
彼女の目の前で、オナニーで射精をさせられた。
その間もお尻に入っているソーセージは彼女の手で動かされていた。
射精をすると、ソーセージは抜かれた。
「お尻は自分できれいにしたのね。じゃあ、これ食べられるよね。」とそれを顔の前に突き出した。
浣腸のあとではあったが、そこにはべっとりと便がついていた。私は1度で浣腸を止めたことを後悔した。
「食べなさい!」
私は便のついたソーセージを食べさせられた。
私はそれからも、何度もマンションに呼びつけられることになるのである。
次のマンションに行ったときは、すぐに全裸にさせられた。
「手を背中にまわしなさい。」後ろ手に縛られた。
引き出しから電気マッサージ器を出してきた。
それは肩こりなどに使う普通のマッサージ器で、町の電気店などで売っているものなので、
女子大学生が購入しても何の不思議もないものである。
マッサージの電源を入れると、私のあそこに押し付けた。
私はそれまでマッサージ器などあそこにあてたことなどなかったので、その刺激は強烈なものだった。
すぐにそこは大きくなった。すぐにでも射精しそうになった。
彼女はそこが大きくなるとマッサージ器をすぐに離した。そして萎えてくるのを面白そうに待った。
小さくなるとまたマッサージを押し付けた。射精しそうになるとまた止めた。
直前で止められることは非常な苦痛だった。彼女はこれを何度も繰り返した。

最後にそこに小さなビニール袋をかぶせ、射精させられた。
射精したときはもう快感はなくなっていた。
射精させられたとき、「ああ、やっとこれで終わった」と思った。
しかし、これで終わりではなかったのだった。
「口を大きく開けなさい。」
口を開けさせられた。ビニール袋に入ったザーメンを私の口の中へ絞りだした。
「全部飲みなさい!」口の中のザーメンを飲み干すと、袋を裏返しにして、
最後の一滴まで舐めさせられたのだった。
それが終わっても解放はされなかった。
後ろ手に縛られたまま床に放置されたままであった。
そして地獄のような苦しみは、まだまだ続いた。
まだ解放される夕方までには大分時間があったのだった。
後日、またマンションに呼ばれた。
「今日の責めはつらいから、脱糞するかも知れないよ。」
床にブルーシートを敷き、その上に新聞紙を敷かされた。
天井から「下着干し」が下がっており、そこには何本ものローソクが挟んであった。
ローソクは普通の白いローソクだった。
「全部脱ぎなさい。」「脱いだら、四つん這いになりなさい。」
言われるままに、全裸になって四つん這いになった。
彼女はローソクに火をつけた。火をつけたあと、ムチを手にとった。
「目隠しするからね。そしたら私の言うように動くこと!」
ガムテープで目隠しをされた。
「前へ!」一瞬躊躇していると、すぐムチが飛んできた。
「グズグズしない!」
背中に溶けた蝋が落ちてきた。
「熱い。」
思わず声を出すと、「声をだすな。」また、ムチを打たれた。
蝋がおちて固まると、そこへムチが飛んできてはね飛ばした。
その跡へ、また蝋がおとされた。
「仰向けになりなさい。」
仰向けになった。胸、腹と蝋が落ちてきた。
特に乳頭へ落ちた蝋は気を失うかと思うほどの熱さだった。
「体を上へずらしなさい。」
体を上にずらすと、当然、あそこに蝋が落ちるのだ。
そのときの熱さを想像して体が動かなかった。ムチが飛んできた。
ムチに打たれ、体をずらした。熱さに体を動かしてしまうと、すぐさままたムチが飛んだ。
そうして最後にはサオの先に蝋が落とされた。
あまりの熱さに気を失った。

目が覚めると細い荷造りひもで、体をグルグル巻きにされていた。
足は足首のところから膝の上のところまで縛ってあった。
手を体に沿って腰のところに固定されてしまっていた。
「今日は特別なことしてあげるね。」
医学部に進学していた彼女は、学校で実習で使用した透明なチューブを取り出した。
それを鼻から入れて胃まで入れられた。
「マイスリー入れてあげるね。」
マイスリーが何のことかわからなかったが、しばらくすると眠気が襲ってきた。
睡眠薬を溶かして飲まされたのだ。
やがて、意識が薄れてきた。眠りに入ろうとした瞬間、ムチが飛んできた。
「眠るな!」
いくら眠くても、ムチで叩かれるので眠りにはいることが出来なかった。
もう意識は限界だった。
「眠いのだったら、冷たいお水いれてあげるからね。」
それから冷蔵庫から冷めたい水を2リットルくらい入れられた。
「おしっこしたくなってら言いなさい。」
やがて尿意を我慢ができなくなった。「おしっこしたい。」と懇願した。
「分かった。だったら私が出してあげるからね。自分でしちゃ駄目よ。」
尿道用のカテーテルを取り出した。
「大きくしないと入れにくいなあ。 大きくしなさい。」
そういって、私のあそこをしごいた。我慢をしても、すぐおおきくなってきた。
「オシッコ出しちゃたら許さないからね。」
ますます大きくなった。がまん汁が出てきた。射精しそうだった。
「射精したら駄目よ。」
そこへカテーテルを差し込んだ。
「痛い。許してください。」
私は泣いて頼んだが無駄だった。
どんどん深く差し込まれた。やがて膀胱まで届くと、カテーテルから勢いよく流れ出した。
強制的に水を飲まされ、強制的に排尿させられているのだ。
私は、あまりの惨めさに涙をながしていた。
「ああ、これからどこまで落ちていくのだろう。」

彼女が6回生になったころには、浣腸やムチやローソク等の虐めはしなくなっていた。
それは、医学部の勉強が大変になったために、時間がなくなったためであった。
その当時もマンションに着くと、すぐ全裸にさせられたが、それから彼女の肩や足を揉むのだった。
ただ、その時間は半端ではなかった。
「肩を揉んで。」と言われ、勉強をしている彼女の後ろから肩を揉んだ。
「良いよ。」というまで揉むのだが。2時間も3時間も揉まされた。
それが済むと、机の下に入れられ、足を揉まされた。
それも、「良いよ。」と言うまで続けなければならないのだった。
そういうことが1日中続くのだった。
冬になると、足が寒いといっては、足の下で足台となっていなければならなかった。
その間、私は冬でも全裸で奉仕をしなければならなかった。
勉強のストレスで機嫌がわるくなると、理由もわからず、蹴飛ばされた。
あるときは、風呂場に連れて行かれ、冷たい水を頭から何杯もかけられた。
それでも私は彼女と別れたくなかった。
それほど、24歳の彼女は魅力的だった。

ある日にはいつものように全裸で縛られたあと、お尻の穴にクスコを挿入された。
「うう、冷たい。」金属のクスコが入れられ、ゆっくりと拡き始めた。
「痛い。」しかし、拡張は止まらなかった。
そこは、上の口を開いたように大きく開いてしまった。
「初めてだから、まず軽くてあげるね。」
浣腸器にグリセリンを薄めたものを吸い上げると、大きく開いているそこに勢い良く注入した。
少し経つと便意が襲ってきた。
「ああ、出る。」
そこは、拡張されているので、我慢出来るわけもなくダラダらと流れだしてしまった。
ああ、これで終わったと思った。

しかし、「これからが辛いのよ。」彼女は冷たく言った。
彼女が言ったことばが、そのときは理解できなかった。
次に彼女が取り出したのは、グリセリン原液だった。
それを医療用ガーゼにたっぷり浸し、長いピンセットに挟んだあと
その開いた穴の中の直腸へ塗りつけた。猛烈な便意が襲って来た。
しかし、腸の中にはもう出るものは残っていないので、便意はあっても出せなかった。
「苦しい!」
便意があるのに排便できない。これは本当にくるしかった。
「あう、うう。」
足元でもだえ苦しんでいる姿を、医師が実験動物をみるような目で見下ろしていた。

次にマンションに行ったときは、そこには何人かの女子学生がきていた。
友人たちの前でも、いつもと同様に、全裸にさせられ、後ろ手に縛られた。
友人には、「これは、うちの便器だよ。」と話した。
私に向かって、「お前は人間便器だ。みんなのおしっこを飲みなさい。」と命令した。
「一滴でも溢したら承知しないからね。」と言った。
そして、同級生のそこが見えないように、ガムテープでがっちりと目隠しをされ風呂場の床に寝かされた。
そのあと、友人たちとパーティーを始めたようだった。
ビールやワインを飲んでいるようだった。しばらくすると、風呂場に誰かが入ってきた。
「おおきく口を開けなさい。」
声は彼女の声でなかったが、口を開けると、そこにおしっこが流れこんできた。
ビールを飲んでいるせいか、一人が来ると、次々と入って来た。
3人目くらいを飲むと胃袋がいっぱいになった。
「もう飲めません!許してください。」と泣いて頼んだ。

彼女たちは何か相談してしているようだった。
誰かが「それでは一度出してあげましょう。」と言った。
それがいい、とみんなで笑っている。
「出してあげるから、口を開けなさい。」
口からビニールのホースを入れられた。
そのホースを胃袋まで届くと、先ほど飲んだ彼女たちのおしっこが噴出した。
それが終わると、また人間便器に戻された。
パーティーは夕方まで延々と続いた。その間、私はずっと人間便器のままであった。

それから彼女とは疎遠になってしまった。
今となっては昔の話ではあるが、今でも彼女とのプレイの記憶は私の心にも身体にも刻み込まれている。
彼女の影を追い求めてたまにSMバーに通ったりすることもある。
しかし、彼女ほどの逸材には出会えず悶々とする毎日を送っている。

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