「あたしの弟」小学校時代Pato2

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「あたしの弟」小学校時代Pato2

「わあっ……!?
 な、なにすんのさっ、お姉ちゃん!」

朝、ぼくはぐっすり眠っていたのに、お姉ちゃんのいたずらで
びっくりして目が覚めた。
ぼくが寝ている間にお姉ちゃんは、ぼくのパジャマの
ズボンとブリーフをずらして、ちんちんの上の方に
黒のマジックで落書きをしてたんだよ!

「ふっふふふ……、遅起きは3文の損って言うでしょ」
「い、言わないよっ。出てってよ!」

ぼくは布団を頭からかぶって、ずらされたパジャマをはき直す。

「人がせっかくあそこの毛を生やしてあげたっていうのに」

真っ暗な布団の中でぼくの顔は、かあっと赤くなる。

「へ、変なことしないでよ! こんなの誰かに見られたら
 どうするのさぁっ」
「へーえ、倫悟って人前であそこを見せたりするんだぁ。
 やだぁ、変態じゃないのー」
「うるさいっ、早く出てけぇ!」

急にしんと静かになる。
あれ? お姉ちゃん何も言い返してこないぞ…。
ぼくが恐る恐る布団から顔を出してみると――

がんっ!

ぼくの目には星がちかちかと点滅したように見えた。
お姉ちゃんの跳び蹴りを、もろに顔面に受けたからだ。

「ひっ…ひいいぃ!
 痛い…痛いよおーっ! うわあーんっ!!」

泣き虫なぼくはすぐに大声で泣きだしてしまった。

どす、どす、どす。
ばたんっ!

「未甘っ、朝から何をやってるんだい!」

鬼より恐いお母さんがぼくの部屋にやってきた。

「あ、あたし、何もやってないわよぉ。
 倫悟がまだ寝てたから起こしてやっただけだもん」

「じゃあ、なんで泣いてるんだい」
「し、知らないわよ。恐い夢でも見たんじゃないの。
 ねえ、倫悟。そうでしょっ」

お姉ちゃんは恐い顔でぼくの顔をのぞき込む。

「お……お姉…ちゃんが……、ぼくの…ぼくの顔を
 蹴ったんだぁ…」

ごんっ!

「きゃあんっ!」

鈍い音がお姉ちゃんの頭の上で炸裂した。

「どうやら朝っぱらからお前にはお灸をすえなきゃ
 いけないようだねっ。
 こっちに来な」
「やっ、やだぁ! 離して、おかーさんっ、離してっ…」

じたばたと暴れるお姉ちゃんを、お母さんはひょいと
抱え上げてぼくの部屋から連れ出して行った。
隣のお姉ちゃんの部屋が開く音がして、すぐにぴしゃりぴしゃりと
いうお尻を叩く音が何度も聞こえてくる。
いい気味だよ。ふんっ。
ぼくは時計に目をやって、あわてて着替え始める。


**未甘**

いったぁ~。
おかーさんったら本気で叩くんだから。
今時、パンツを下ろしてお尻を叩く親なんてうちの
おかーさんぐらいなものよ。
あたしはじんじんするお尻を押さえながら階段を下りた。
キッチンでは、憎ったらしい倫悟があたしの目を
さけるようにして朝ご飯を食べている。

「早く食べな。遅刻するよ」

そう言っておかーさんはあたしの前に
こんがり焼けたパンを置いた。

「いっただきまぁす」

あたしは元気よくパンにかぶりつく。

「ふぅ、未甘も、もう少しおしとやかにならないかなあ」

おとーさんがコーヒーを飲みながらぼやいた。
さっき、倫悟を泣かしたことを言ってるんだろう。

「誰に似たんだろうね」

そう言っておとーさんはおかーさんの方を見る。

「お父さんじゃないのは確かだね」

おかーさんはおとーさんの顔を見ながら、にやりと言った。

「おかわりっ」

あたしは2つあったパンを両方ともたいらげて
お皿を出した。

「もう食べたのかい。それだけ食べてよく太らないねえ」
「あたしはおとーさんに似たのっ」
「倫悟もどうだい?」

おかーさんに聞かれた倫悟は首を横に振って答えた。
だって倫悟ったら、あたしより先に食べてるくせに
まだ1つ目のパンを持て余しているんだもの。


さて、この辺で自己紹介しようかしら。
あたしは古津 未甘。(ふるつ みかん)
小学校6年生よ。で、さっきあたしがこてんぱんに
いじめてやったのが弟の倫悟(りんご)。
おっかしな名前でしょー?
体は小さいくせに、生意気にもあたしと同じ6年生。
兄弟なのにあたし達兄弟は同い年。

そう。あたしと倫悟はなんと双子なんだ。
でも全っ然、似てないの。なんでも「にらんせいソーセージ」
がどうのこうのっていう難しいのがあって、あたし達は
あまり似てないんだってさ。なんでソーセージが関係あるのか
よく知らないけど、とにかく倫悟の奴とあたしは一緒に
生まれたらしいの。

でも生意気でさー。さっきだって、あたしよりてんで
弱いくせに歯向かってくるのよ。ヒョロっとしてて見た目も
なんだか女の子みたいなくせに。
いい年してTVアニメやファミコンなんかに夢中になってて、
恥ずかしいったらありゃしない。
あたし? あたしはいわゆる体育会系ってヤツ。
自慢だけどケンカだってうちの学校じゃ一番強いんだから。

だけどそんなあたしも、さすがにおかーさんにはかなわない。
倫悟を泣かすとすぐに飛んできてあたしのことぶったり
するんだもん。めちゃくちゃ大きいおかーさんでね、
もうまるで相撲取りみたい。
あ、これ内緒よ。こんなこと言ったのバレたらまた
お仕置きされちゃうから。
それで、まるで正反対なのがおとーさん。すらっとしてて
いかにも紳士っていう感じ。
あたしがおかーさんに思いっ切り叱られて落ち込んで
いる時も、おとーさんはいつでも優しくしてくれるの。
ファッションもおしゃれで結構かっこいいんだから。
父兄参観日なんかあると、とっても嬉しいのよね。

かっこいいっていえば担任の先生もいい線いってるの。
男の先生でね、すっごく優しくてかっこいいし、スポーツ万能。
他のクラスの子がうらやましがるくらいなんだから。
それに滅多にあたし達のこと怒らないし、よっぽどのことで
ないと手を出さない先生なの。
今までに先生に叩かれた子はたったひとり。誰だと思う?

え、あたし? あたしはそんな悪いことしませんー。
誰だかわからない? 実はそれはね、なんとあの倫悟なの。
意外でしょ?
しかもね、叩かれた理由は教室であたしの服を引っ張って
胸をクラスの子に見せたからなのよ。最低でしょおー。
あたしだって女の子だもん。びっくりして泣いちゃって
それからちょっとの間は、ずっと落ち込んでた。
あの頃は元気がなくなってあたしらしくなかったな。
まあ、倫悟がそんなことしたのは元はといえばあたしが
悪いんだけど……。
その後はちゃんと仲直りしたけどね。

あっ…と、いっけない。もうこんな時間!
うちの担任の先生ってば、いつも優しいけど遅刻とかには
うるさいのよね。
ほら、行くよ、倫悟っ。


**倫悟**

ぼくは今日一日中、授業中も休み時間の間も
落ち着かなかった。だってお姉ちゃんのいたずら書きが
気になってしょうがないんだもの。
あーあ、こんなのトイレに行った時、もし誰かに見られたり
したらぼく、二度と学校に来られなくなるよぉ。
ふう、今日は水泳の時間がなくてよかった…。

図書室で本を借りて教室へ戻っているとき、廊下で肩にポンと
手を置いて誰かが声をかけてきた。

「今日は元気ないな」

担任の先生だ。

「そんなことないよ」

ぼくは無理に元気そうな振りをして答えたけれど、
余計にわざとらしい返事になってしまった。

「誰かとケンカでもしたのか?」

先生は歩きながらぼくの肩に手を回して聞いた。

「別に……」
「もう未甘とはきちんと仲直りできてるんだろう?」

ぼくは前を向いたまま、小さくこくりとうなずいて答える。

「だったらちょっとぐらいケンカしたって気にするなって。
 ほら、よく言うだろう。ケンカするほど仲がいいって」
「仲なんかよくないもん…」

ぼくは自分でも恥ずかしいくらい、ふてくされたように言った。
しばらく、ぼくも先生も黙ったまま歩いていたけど、
急に先生は言った。

「倫悟」
「え?」

先生は立ち止まってしゃがみこむと、ぼくの目を見た。
優しく、とても真面目な目をしてぼくを見る。

「どうして未甘がお前にちょっかいばかり出すかわかるか?」
「どうしてって……、そりゃあ…。
 ぼくが困ったりするのを面白がって…」
「あの子はあれで………すごく寂しがりやなんだ」
「え……?」

あのお姉ちゃんが寂しがりやだって?

「未甘が本当に心を許しているのは倫悟、お前だけなんだよ」
「うそ…」

声に出して言うつもりはなかったのに、思わず口をついて出た。
それぐらい意外だった。
なんで先生はそんなことを言うんだろう。本気で言ってるのかな。
本当にお姉ちゃんはぼくのこと、そんなふうに思ってるの?

「お姉ちゃんを大切にするんだぞ」

先生はぼくの頭をくしゃくしゃになるぐらい強くなで回して
立ち上がった。

「じゃあな」

ポンポンってぼくの背中を軽く叩くと、職員室の方に
行ってしまった。


ぼくも教室に戻ろうとした時だった。
ふと足下を見るとハンカチが落ちている。
ピンク地に、淡い赤や紫の花柄のハンカチで、ぼくらが持つには
ちょっと大人っぽい。誰のだろうって拾ってみると端の方に名前が
書いてあった。

”6年3組 富良羽 さくら”

あっ、これ、さくらちゃんのだ!
隣のクラスの女の子で、すっごくかわいいんだ。
べ…別に、す、好きなわけじゃ……ないんだからっ…。
周りをきょろきょろ見回すと、さくらちゃんが廊下の少し先の
方をまだ歩いているのが見える。

「ねえっ、ねえ!」

かけっことかあまり得意じゃないけど、ぼくは全速力で
さくらちゃんに追いついた。12年間生きてきて一番速く
走ったんじゃないかと思うくらい思いっ切り急いだ。

「はあ……はあ…はあ………はあ…。
 こ、これ……はい…」

そういって、ぼくはぜいぜい息をしながらさくらちゃんに
ハンカチを渡した。

「私のハンカチ。さっき落としちゃったのかな。
 拾ってくれてありがとう、古津君」
「えっ、ぼくのこと……知ってるの?」
「だって古津君、お姉ちゃんと双子なんでしょ。
 とっても有名だもん。知らない子なんていないよ」

確かにそうだ。双子だけでも珍しいのに、ぼくらは同じクラス。
しかもお姉ちゃんは学校一の暴れん坊ときてる。
って、こんなこと言ってるの知れたら半殺しの目にあうけど。

「古津君こそ私のことよく知ってたのね」
「そ…そりゃ…富良羽さんだって、学校じゃ有名だもん」
「え、どうして?」

さくらちゃんはにっこり笑って言った。
わあ…、胸がドキドキする……。

「だってかわいいもの」

ぼくは思ったことを、ついそのまま口に出してしまった。
すぐに「しまった」と後悔した。こんなこと面と向かって
言う男子なんてきっと嫌われる…!
だけど、ぼくの心配をよそに、さくらちゃんは少しほっぺたを
赤くして照れながら言った。

「やだ、古津君ったら。そんなにストレートに言われたら
 恥ずかしいよ。
 でも少し嬉しかったりしてぇ…。
 ねっ、私達友達にならない?」

ええっ!!
う、うそ……うそだ…!
さくらちゃんが自分の方から友達にならないって……。

「本当っ? なるなるっ!」

ぼくはすぐに返事をした。

「じゃあさ、今日さっそく遊ぼ。
 学校が終わったら…」

ぼくが夢でも見てるんじゃないかと舞い上がっていたその時!

「倫悟。何を話してるの?」

ぎくっ。

ぼくはその声に、体へ雷でも落ちたぐらいにびっくりした。
振り向くと、そこには不敵な笑み(としか言いようがない)を
浮かべた「鬼」(やっぱりそうとしか言えない)、
お姉ちゃんが腕組みをして立っていたんだ。

「古津君のお姉ちゃんでしょ?」
「う、うん………。
 何だよ、お姉ちゃん…」

ぼくは精いっぱい無理をして強がってみせる。

「あんた遊ぶ約束なんかをしてたみたいだけど、
 今日はうちの用事があるのを忘れてやしないでしょうね?」
「ええっ、古津君、用事があったのぉ」

そんなこと聞いてないっ。
ぼくはすぐにお姉ちゃんの意地悪だとわかった。

「そんなのぼく聞…」

ぼくが言いかけたとき、お姉ちゃんはつかつかと
寄ってきて、ぼくの手首をぎゅっと握った。
お姉ちゃんは手にすごく力を入れてくる。

「あっ…痛!」
「ダメでしょ、倫悟。おかーさんとの約束忘れちゃ。
 あのね、今日の夕方、あたし達買い物に行く約束をしてるの。
 悪いけどまた今度遊んでやってね」

お姉ちゃんはそう言うと、ぼくの腕をぐいぐい引っ張って行く。

「それじゃあ、また今度遊ぼうねっ」

さくらちゃんはそう言うと、すたすたと自分の教室の方に
戻っていく。
ああ、さくらちゃんがあ……。
ぼくはさくらちゃんを呼び止めて、これはお姉ちゃんの
意地悪なんだって言いたかった。
だけど腕に爪を立ててじろりとぼくをにらむから、
本当のことを伝えたくても伝えられない。
せっかくさくらちゃんと仲良くできるチャンスだったのに!!


**未甘**

その日の帰り道、倫悟は珍しくすごく強気な態度で
文句を言ってきた。

「ひどいよ、お姉ちゃん。あんまりだ」
「何のこと? さっぱりわからないわよ」

あたしはわざと知らない振りをする。

「今日、学校で嘘を言って、さくらちゃんと遊ぶ約束を
 邪魔したじゃないか」
「あーっ、『さくらちゃん』だって。
 倫悟ったら富良羽さんのこと、すごくなれなれしく
 呼んでるぅ。あの子が好きなんだぁ」
「ちっ…違うよっ…!」

途端に倫悟のほっぺたは赤くなる。

「やーい、赤くなった、赤くなったぁ。
 好きなんだ、好きなんだー。やらしー」

あたしは調子に乗ってはやし立てた。

「お姉ちゃんのバカぁっ!」

むかっ。バカですって? 倫悟のくせに!

「もういっぺん言ってみなさいよ」

あたしが恐い顔ですごんでみせると、すぐに倫悟は黙り込んだ。

「あれは朝のお返しよ。あんたがあたしの言った通り、
 ”恐い夢を見て泣いていた”って言えばおかーさんに
 叩かれなくてすんだんだから」
「だ、だって、あれはお姉ちゃんがぼくに変なこと
 したからじゃないかぁ…」
「ごちゃごちゃとうるさいわねっ。あたしに逆らう気?」

あたしはじろっとにらむ。倫悟はこれにめちゃくちゃ弱いんだ。

「もういいよ…」
「よくないわよ。あたしに『バカ』なんて言った罪は重いのよ」
「ごめんっ、ぼく謝るからぁ……」
「だめよ。今夜、罰を与えるから覚悟しておくのね」
「や、やだっ…待ってよ、お姉ちゃん!」

しっかりおどかしておいて、あたしは早足に家へ帰った。
見てなさい。とっておきの「罰」を与えてあげるんだから。


**倫悟**

あーあ、気が重いよ。
うちに帰ったらきっとひどい目にあわされる。
なるべく帰る時間が遅くなるように、本屋で立ち読みを
したりして時間をつぶした。
けど、あまり遅くなっても今度はお母さんに叱られる。
仕方なく、ぼくは6時頃にうちに帰った。

お姉ちゃんが何か言って来ないかとびくびくしながら、
とりあえずお母さんのいる安全な台所に向かう。
今のところ、お姉ちゃんは姿を見せない。
でも油断はキンモツだ。

「おや、お帰り倫悟。今日は珍しく遅かったんだね」

お母さんは流しの前で料理をしながら、首だけこっちに
向けて言った。

「う、うん。ちょっと遊んでたら遅くなったんだ」
「そうかい。それじゃ早く支度しな」

お母さんはもう一度前を向いて料理の続きをし始める。

「えっ、支度って?」
「未甘とお風呂屋さんに行くんだろう? 未甘はとっくに
 準備を済ませて待ってるよ」

振り向きもせずにそう言った。

「そんなの…」

お姉ちゃんの嘘だよ、と言おうとした時だった。

「倫悟、ずいぶん遅かったじゃない」

なんてこった! いつの間にかぼくの後ろにお姉ちゃんが
立っていた。
洗面器を抱えていて、その中にタオルやシャンプーなんかを
詰め込んでいる。

「あんたも早く用意しなさい」

嫌だ、と言おうと思った。でもその前にお姉ちゃんが
お母さんに聞こえないようにそっと耳打ちした。

『あんたが前、部屋でマスターベーションしたこと
 おかーさんに言っちゃおうかなあ…』
『やっ…やめてよ!!』

ぼくは顔を真っ赤にして、お姉ちゃんとお母さんを見ながら
小声で叫んだ。

『あれはお姉ちゃんがぼくに無理やりやらせたんじゃないか!
 そんなことしたら、お姉ちゃんも怒られるんだからっ』

必死でぼくは抵抗する。だけど無駄だった。

『学校でも言いふらすから。
 クラスのみんな、びっくりするわよね、きっと。
 みんなに笑われるわよ、あんた』
『やめてよ、お願いだからやめてよぉ…』

もうダメだった。
ぼくは半泣きでお姉ちゃんにお願いするハメになる。
なんでこうなるんだろう。ぼく、なんにも悪いこと
してないのに……。

『じゃあ行くのね?』
『………』

ぼくは黙って答えなかった。「うん」って言ったらおしまいだ。
だって、ちんちんにヘンな落書きされてるのに、
お風呂屋さんなんていけるわけないよ!

「おかーさーん、あのねー。倫悟ったら…」
「ワーッ、わー、わあーっ!」

あわててお姉ちゃんの口を押さえる。

「なんだい、またケンカしてんのかい?」

お母さんがじろりとこっちを見る。

「違うもーん。あのね、倫悟ったらね、マ…」
「お姉ちゃんっ、早くお風呂屋さんに行こうよぅ」

ぼくは今にも泣きそうな顔で、お姉ちゃんの手を引っ張って
台所を出ていくしかなかった。


**未甘**

あたし達は近所の銭湯「森の湯」に来た。
ちょっと古くさい名前だけど、あたしが4年生の時に
建て直して、ちょっとしたレジャーランドみたいな感じに
なったんだ。
泡風呂や電気がビリビリくるやつなんかはもちろん、
体中に塩をいっぱいつけれるサウナや、温泉の素が入ってる
お風呂なんかもあって結構面白いんだから。

ここへ来るまでの間中、倫悟ったらずぅーっと黙ったまま。
あたしが何か言っても無視してるから、頭をパンって叩いたら
またすぐに泣き出すし。
ほんっと、泣き虫なんだから。

森の湯に着いても、倫悟は入り口の前でじっと突っ立っている。

「さ、何してるの。入るわよ」
「ぼくお金もらってないよ…?」
「あたしがおかーさんからもらってるわ」
「ぼくの分、ちょうだいよ」
「あたしがまとめて払うの」
「そんなこと言ったって男湯と女湯、入り口が別々じゃないか」

あたしはにっこりと笑った。そう、倫悟に意地悪するときの
あの笑顔だ。

「誰があんたは男湯に入っていいって言った?
 あんたも女湯に入るのよ」

途端に倫悟の顔は真っ青になる。

「いっ……、嫌だよぉ!!」
「言ったでしょ。罰を与えるって」
「やだもん! ぼく、帰るっ」

倫悟は走って逃げようとしたけど、あたしは素早く腕をつかんで
捕まえたわ。逃がさないんだから。

「は、離してよお!」
「女湯に入るんだったら離してあげる」
「嫌だもん! お母さんに言いつけるよっ」
「あ、そぉー。へえぇ。
 いいのかなぁ……」

あたしはそっぽを向いて言った。

「おっ…お父さんにも嫌われるんだからっ!」

ふんっ、そんな脅しがあたしに通用すると思ってるの?
甘いわよ、倫悟。

「皆さん、聞いて下さぁい!」

あたしは倫悟の腕をつかんだまま突然大声を上げた。
道を歩いている人達がこっちを振り向く。
倫悟はもう大あわて。

「ここにいる古津倫悟はぁー、まだ小学生のくせにぃー、
 毎日マスタ…」
「わあーっ、ワーワー!!」
「しかも姉のあたしにやらせろって言いまぁーす!
 何をやらせろって言うとぉー、セッ…」
「ウソだぁ! お姉ちゃんが言ってること、全部全部
 ぜーんぶウソだあっ!」

みんながこっちをじろじろ見たり、くすくす笑ったり
している。それに気づいた倫悟は急にうつむいて
もじもじしだした。

「やめてよ…、なんであんなウソつくんだよぉ。
 ねえ、もう許して。ぼく…謝るから」

叱られた小さな子みたいに、上目づかいで倫悟は困り果てる。

「だめ」

あたしはあっさり首を横に振った。

「だいたい、ぼく男なのに入れるわけないよ。
 お風呂屋さんに怒られちゃうよ」
「心配いらないわよ。あんた見た感じ女の子だもん。
 下さえ隠してればわかりゃしないから」
「そんなわけないよっ。絶対わかるよ。
 そしたらぼく、警察につかまっちゃうよ」
「バッカねえ。そんなことでいちいち警察につかまるわけ
 ないじゃない。
 いいからぐずぐず言わずに入りなさいっ」
「やだあーっ!」

腕を力いっぱい引っ張ると、倫悟は入り口の柱に
つかまって抵抗した。往生際の悪い子ねぇ。

「あと5秒以内に入らなかったら思いっ切り叩くわよ」
「そんなあ!」

あたしはげんこつを作って腕を大きく振り上げた。

「5……4……」
「ひどいよ。そんなのないよ」
「3・2・1」

あたしが手を振り下ろそうとしたら、倫悟は飛び上がって

「森の湯」の女湯へ駆け込んだ。
さあ、たっぷり仕返しをしてやるんだから。

2ページ

**倫悟**

とうとうぼくは女湯に入ってしまった。
ど…ど、どうしよう…。当たり前だけど中は女の人で
いっぱいだ。
それに、やっぱり当たり前だけどみんな裸…!
男湯とは違う、女の人の匂いが周りに漂っていて、
胸のドキドキはいっそう早くなる。
とてもまともに前は見れなかった。

そんなぼくをよそにお姉ちゃんは、カウンターに行って
お金を払っている。

「子供2人です」
「はい、じゃあちょうど頂くわね。
 石鹸やシャンプーはいかが?」
「いりません。自分で持ってきたから」
「そう。それじゃごゆっくりね」
「ほら、倫悟。行くよ」

お姉ちゃんはひとりで勝手に脱衣場の方へ行ってしまう。

「あ、待って…」

ドキリ!
顔を上げたら、すぐ近くにいた裸の女の人が目に入っちゃった!

「わあっ、ごめんなさい!」

ぼくは耳まで真っ赤になって顔を下に向けた。
怒られる、と思って身構えたけど、その人はぼくを気にせず
浴場の方へ行ってしまった。

ふううぅ~。
もう、今度こそ前どころか足下だけしか見れない。
ぼくの頭の中にはさっき見た裸が勝手に浮かんでくる。
大きな胸とあそこにいっぱい生えてる毛……。
や、やだっ…、ち…ちんちんがおっきく……。
あんなの見て興奮してるなんて、ぼくってきっとヘンタイ
なんだ。普通じゃないんだ。ぐすっ……。
それにもし、ぼくが男だってバレたら……。
ああ、どうしよう……どうしよう……。
胸はドキドキ、足はガクガク。
恐くて恐くてたまらない。
もう帰りたい……。

そうだ!
こっそり帰っちゃえばいいんじゃないか。
これだけ大勢の人がいればお姉ちゃんもさすがにわからないはず。
なんでこんなことに気づかなかったんだろう。
ぼくってバッカだなあ。
逃げることに決めたぼくは、そろりそろりと歩いて
出入り口に向かう。
足下ばっかり見て歩いているからなかなか靴箱の所まで
たどりつけない。

どんっ。

「あっ、ごめんなさい」

誰かにぶつか……、うわっ!!

「どこに行く気なの? り・ん・ご」
「お姉ちゃん!」

ぼくがぶつかったのは鬼のように恐い顔して腰に手を
当てているお姉ちゃんだった。

「まさか逃げたりするつもりじゃないわよね?」

ボキボキと指を鳴らしながらお姉ちゃんは立ちふさがる。

「だって……」
「ここから先、一歩でも進んだらあんたが男だってこと
 今すぐバラすわよ」
「そんなことしないでっ」
「だったらさっさと戻って服を脱ぎなさいよ」

ぼくはしぶしぶ、脱衣場まで戻るしかなかった。
お姉ちゃん、後先考えずに行動するから本当に
バラすかも知れない。そんなことして怒られるのは
お姉ちゃんも一緒なのに。

脱衣場に戻るとお姉ちゃんはさっさと服を脱ぎだした。
でもぼくはお姉ちゃんに背中を向けてじっとしている。

「何してんのよ」
「だって…」
「だってじゃないわよ。早く脱ぎなさいよ」

お姉ちゃんは上半身スリップ姿でぼくの服を
つかんでくる。

「やめてよ、自分で脱ぐよぉ」

ぼくはお姉ちゃんの手を振り払って後ずさりした。
お姉ちゃんはぼくに裸を見られても恥ずかしくないの?
ぼくは見られるのヤだよ……。
少しでも恥ずかしいのをまぎらわそうと、ぼくは目をつぶって
服のボタンを外した。目をつぶったまま、シャツと半ズボンも…。

あっ。

ぼくはシャツを脱いだ時になって初めて気がついた。
ぼく、男のパンツをはいてるんじゃないか。
前を隠す前にこんなの見られたらすぐにわかっちゃう。

「ねえっ…、お姉ちゃん…」

ぼくはお姉ちゃんに背中を向けたまま声をかけた。

「何よ? あんたまだぐずぐずしてるわけ?」
「だって、ぼくブリーフをはいてるんだよ。
 ズボン脱げないよぉ」

困った声で言いながらも、本当はほっとしていた。
だって、これなら入らずに済みそうだもん。

「うーん、そうねえ…。気がつかなかったなあ」

お姉ちゃんも「しまった」と言ったふうに考える。

「でしょ、でしょっ」

ぼくは嬉しくなって思わず振り向いた。

「わっ!」

またぼくは急いで前を向いた。
お、お…お姉ちゃん……真っ裸…!!
あ……あそこも…見ちゃった……。
前、お姉ちゃんが言ってた通り、本当に少しだけど生えてる…。
気がつくとぼくのちんちんは、びっくりするぐらい力いっぱい
大きくなっていた。こんなの見られたら大変だ。
あわててぼくは両手で前を押さえた。

「そうだっ」
「うわあっ!」

突然、お姉ちゃんが大きな声を出すから、
反射的に身構えてしまった。

「なに、ひとりでびびってるのよ。バッカじゃないの」
「お姉ちゃんがいきなり大声出すからだよ」

後ろを向かずにぼくは言い返した。

「口答えしないのっ。
 それよりあたし、いいこと思いついちゃった♪」

ぎくっ。
お姉ちゃんの思いつく「いいこと」なんて、
いいことだった試しがない。
どうせズボンをはいたまま入れとか、家に戻ってお姉ちゃんの
女用のパンツをはいて来いとか言うんだ。

「ぼく、やだよっ」
「聞きもしないで何言ってんのよ」

聞かなくてもわかるし、聞いたからって逆らえるわけでも
ないのに。でもそれを口に出して言えばお姉ちゃんの必殺の
パンチが飛んでくるんだ。ぼくってすごくみじめだよ…。

「あそこにトイレがあるでしょ。あそこで脱いで来なさいよ」

あれ、めずらしくずいぶんまともなアイデアだ。
変なことさせられないでよかった。
…と、ホッとしてる場合じゃないぞっ。結局、女湯に入らなきゃ
いけないんだ……。
とほほ……。多分、日本中で一番不幸な小学生は
ぼくだよ、きっと。
逆らっても無駄だとわかっているぼくは、前を隠すための
タオルを手に持って、とぼとぼとトイレに向かった。


**未甘**

1分ぐらいして倫悟はやっと戻ってきた。
右手にタオルを持って前を隠し、左手には丸めたズボンの中に
パンツを隠している。
やっだー、すっごくまぬけなかっこー。
おかしかったけど、あまり笑うとまたぐずぐず言って
面倒だからあたしはがまんした。あたしってばお姉さんよね~。

「ズボンとかロッカーに入れるからそれ貸しなさいよ」
「はぁい…」

倫悟はあたしから目をそらしてズボンを渡した。
あたしはとっくに真っ裸になっちゃってるわ。
何をそんなに恥ずかしがってるのよ、この子。
ふふっ、大人っぽいボディラインのあたしが、そんなに
魅力的かしら?
きっと周りのみんなも、あたしが中学生じゃなくて
まだ小学生だって知ったらびっくりするだろうなぁ。
あたしは服を全部ロッカーに放り込んでカギをかけた。

「いい? カギはあたしが持っておくから途中で
 こっそり帰ろうなんて考えても無駄だからね」

残念そうに倫悟はうなだれる。
あたしの作戦はカンペキなんだから。

「それじゃ浴場へレッツ・ゴオゥ!」

あたしは大はしゃぎで、倫悟はこの世の終わりが来たみたいに
嫌そうな顔をして、湯気でくもったガラス戸を開けた。


浴場に入ってすぐ、倫悟はいきなり湯船に入ろうとした。

「ちょっと倫悟。まさかあんた、体も洗わずにお風呂に
 入る気じゃないでしょうね?」

倫悟は入りかけたつま先をびくっと引っ込めて、
こっちに背中を向けたまま言った。

「だってぼく、いつもすぐ入るんだもん」
「やだ、うっそー、汚ーい。
 普通、頭と体を洗ってから入るもんでしょお」
「い、いいじゃないっ。そんなのぼくの勝手じゃないか」

倫悟はかまわず足を湯船に沈めようとする。

「待ちなさい!」
あたしは倫悟の手をつかんで引っ張った。

「うわっ!? あっ、あっ……あ…」

バランスを崩した倫悟は、そのままステンと転んで
しりもちをついた。

「わぁーっ!」

あわてて前をタオルで隠す倫悟。ちんちんにはまだ、
あたしが今朝書いたまぬけな落書きがくっきり残っていた。
ぷっ…、ヘンなのぉ。

「な、な、何するんだよお!」

座り込んだ倫悟はこっちを振り向いて怒鳴る。
だけどあたしのハダカを目にするとすぐに前を向いて、
体操座りみたいにうずくまる。

「ちゃんと体を洗うまで入らせないわよ。
 勝手に汚い体で入ったらそのタオル、取り上げるからね」
「…………」
「返事は?」
「ぅ……わかったよぉ…」

倫悟は不満そうに返事をした。どうも気に入らないわね。
ちょっと罰を与えようかしら。
あたしは倫悟の真後ろにしゃがみこんでささやいた。

「あんた、今あたしのハダカ見てボッキしてるでしょ」
「えっ……!
 ボ…ボッキって………なに…?」

顔を赤くしてドギマギしながら倫悟は言った。
前を押さえるタオルに力が入ってるところから、
そうとう大きくなってるのがわかる。

「ちんちんが立つことよ」
「た、立ってないよっ」
「あたしのハダカ見て興奮するなんてあんた変態よねぇ」

あたしは白い目で見てやった。黙り込んで何も言えない倫悟。

「兄弟のハダカ見て興奮なんかしちゃいけないのよ。
 こういうのキンシンソウカンって言うんだから」

あたしは最近覚えた難しい言葉を使った。ふふん、物知りでしょ。

「ぼ…ぼく……別に…」

何とか言い返そうとするけど、すぐにあたしは続ける。

「倫悟ってホント、スケベよね。サイテー。
 変態の変人の変質者だわ。
 こんなの警察に知られたらタイホされてチョウエキ100年の
 刑になるんだから。刑務所から出てきたらあんた、
 よぼよぼのおじーさんよ」
「う………うう…うっ…………ひどい……あんまりだ…」

な、何、涙声になってんのよ。

「ひどいよ……ああ~ん!」

ちょっとからかっただけなのに倫悟は泣き出してしまった。
幼稚園の子供みたいに足を投げ出して、両手で涙を押さえながら
泣いている。

「何も泣くことないでしょっ。
 ほら、みんな見てるよっ」

それでもかまわず倫悟は泣くのをやめない。むしろ泣き声は
大きくなっている。
やだあ、みんなこっち見てるよ~。まずいなあ…。

「倫悟っ、さっさと泣きやまないと後でひどいよ!」
「だって、だって…ひっく………ひっく…」
「泣くのをやめたら許してあげるけど、まだ泣くんだったら
 容赦しないわよ」

あたしは手をグーにして倫悟の目の前でちらつかせた。

「わかったからやめてよぉ………うっく…」

倫悟には優しい言葉をかけるよりも、脅しをかける方が
よっぽど効き目があるんだ。
とりあえずおとなしくなった倫悟を連れて、洗い場の方へ行った。


うひゃー。
洗い場はめちゃくちゃ混んでいた。今が一番人の多い時間帯
だからしょうがないか。それにこの辺でお風呂屋さんって
ここしかないし。
えーと、空いてる場所は……と。
あった。
ちょうどふたり分、空いている所を見つけたあたしは
そこに座る。

「あれ? 古津さん?」

へっ?

「あ、やっぱり古津さんだー」

隣に座っていた、あたしと同じくらいの年の女の子が
なれなれしくあたしに話しかけてくる。
誰よ、この子?
最初、わけがわからずきょとんとしていたあたしだけど、
それが誰なのか気づいたとき、思わず「あっ」と声を上げて
しまった。
大変、大変! 未甘ちゃん大ピンチ!

3ページ

**倫悟**

さ……さくらちゃんっ!!
お姉ちゃんの向こう側に座っている子、さくらちゃんだっ。
やばい、やばいよおっ…。
ぼくはお姉ちゃんの隣に座ったまま、すぐに首を反対側に向けて
顔をそらした。

「古津さん、わからないの? 私よ、富良羽。
 ほら、今日学校で古津君と話してたでしょ?」
「あ…、ああー、ああ。うん、富良羽さんね」

やっとお姉ちゃんも気づいたみたいだ。
まさか、お姉ちゃん、ぼくのことバラしたりしないよね…?
ぼくはどきどきしながらふたりの話に耳を傾ける。

「古津さんもよくここに来るの?
 すっごい偶然よね」
「そ、そぉーね…。あははは…」

何を笑ってんだろ?
それより早く逃げなきゃまずいよぉ。

「ね、今日何を買ったの?」
「え??」

さくらちゃんの言ってることにお姉ちゃんは「?」となる。
ぼくもだった。いったい何のこと言ってるんだろう。

「今日、古津君やお母さんとお買い物に行ったんでしょう」
「あたしが?」

わけがわからない、といった感じのお姉ちゃん。
だけど、ぼくはピンときた。
ほら、お姉ちゃんが昼間ついたウソのことじゃないか。
ぼくはひじでお姉ちゃんの背中をつついて教える。

「なに? くすぐったいじゃないの、倫悟」
「えっ!!」

さくらちゃんのびっくりした声が周りに響く。
お姉ちゃんのバカ!
ぼくの背中は、まるで水をバシャリとかけられたみたいに
冷たくなる。

「倫悟って…、まさか古津君がいるの!?
 あれ……、もしかしてそこにいる子?」

ギクゥッ!!

「え……あ、あ、違うの。リンゴじゃなくて……リンコ…、
 そう、リンコっていったのよ」
「リンコ?」

お姉ちゃんの苦しまぎれの嘘に、さくらちゃんは納得が
いかない様子で聞き返している。
ぼくはもう、肩をすくめておどおどしているだけ。
神様、仏様、どうかバレませんように……!

「そう、そーなのよ。親戚の子がウチに泊まりに来ててねー…」
「なんだか珍しい名前ね、リンコって。
 それにその子、学校はどうしたの?」

うわー、さすがさくらちゃんだ。鋭いつっこみを入れてくる。

「え、えとぉ、それは、それはぁ…」

こういう時にうまいことがさっと言えないお姉ちゃんは
しどろもどろになって言葉につまる。

「ねえ、もしかして……。その子、倫…」

こうなったらイチかバチかっ。

「あのっ……私、本当はスズコっていうの。鈴木さんの”鈴”に
 子供の”子”で”鈴子”って書くの。
 でも未甘ちゃんは頭が悪いからリンコって間違えて読んじゃって、
 今でもずっと私のことそう呼ぶの」

ぼくは背中を向けたまま、腹話術みたいに裏返った高い声を
出して一気にしゃべった。

「誰が頭が悪いってえ?」
「イタタタタッ!!」

お姉ちゃんがぼくのお尻を思いっ切りつねった。

「痛いよ、痛ぁい!」
「倫悟君の声じゃない!」

しまった!

「そ、そーお? イトコだからよく似てるんじゃない?」
「そうなの?」
「あ、あったりまえじゃない。だいたい、女湯なのになんで
 倫悟がいるのよ。倫悟なら男湯の方にちゃんといるわ」

言いながらお姉ちゃんの手はまだぼくのお尻をぐいぐい
つねっている。
声を出すに出せず、僕は涙目で必死にこらえる。
ううぅ、お母さぁん…!

「でも学校はどうしたの? まだ夏休みには入ってないのに」
「それは……それはぁ…」

うう、どう言ってごまかせばいいんだ。
うーん、うーん、いい方法は…………。
………。
…………。
……そうだっ!
完璧な言い訳がある!!

「あのね。実は私、沖縄に住んでいるの。
 沖縄って夏休みが始まる日が他の学校より少し早いの。
 その代わり、冬休みが短いけれど」

ぼくは背中を向けたまま、ヘンテコな裏声で
さくらちゃんに言った。
どうだい。ぼくもなかなか上手にウソが言えるでしょ?
…といっても、この前TVでやってたのを
たまたま思い出しただけなんだけど。

「でも、全然日焼けしてないのね?」
「……………」
「……………」

そ、そんなあ~。せっかく思いついた名案だったのに…。

「にゅ……入院してたのよっ!」

お姉ちゃんが弾かれたように叫んだ。
でも、そんなわざとらしいこと言ったって、
今さらこんなに鋭いさくらちゃんを
ごまかせるわけないよ…。

「なあんだ。そうだったの。
 それじゃあ色白でも変じゃないわよね」

うそぉー!?

「それじゃ、遅くなるとママが心配するから
 もう帰るね」

そう言うとさくらちゃんは体を洗い流して
すたすたと浴場から出ていった。

「な……」
「よ、よかったね……? お姉ちゃん」
「うん……まあ…」

意外とさくらちゃんってわからないなあ…。


**未甘**

富良羽さんが帰っちゃった後は緊張が解けて、
あたしはすっかりリラックスしていた。
ごしごしと体を洗うのはすっごく気持ちいい。
うん、未甘ちゃん自慢のすべすべお肌。
倫悟もこんなにかわいいお姉ちゃんがいてきっと
鼻が高…………。

いない!?

気がつくと隣にいたはずの倫悟がいつの間にか
消えていなくなっていた。
逃げたわねぇ……バカ倫悟!
でもロッカーのカギはあたしの手首についてるんだし
ここから逃げることはできないはず。
まだ無駄な抵抗をするなんて、ほんっとにあきらめの悪い子ね。
そーゆー子にはお仕置きが必要よね。
こんな場所で隠れたって、狭いんだからすぐにわかるのに。
バカなんだから。
あたしは、捕まえたらどんな罰を与えてやろうかしらと
あれこれ考えながら倫悟を探し歩く。


ここかな。


あれ、じゃあここかな。


ぜーったいここだっ。


うーん、おっかしーなあ…。


じゃあもうあそこしか見てない所ってないからきっと…。
あれぇ……。


いったいどこに隠れたっていうのよ!
倫悟は全然見つからなかった。
10分ぐらい、浴場も、脱衣場もぜーんぶ残らず探したのに。
まさか裸で帰ったんじゃあ…。
そんなわけないか。あの子にそんな勇気があると思えないし。
まさかお風呂屋さんに言ったんじゃ……!
ううん、それもあり得ないわね。
そんなことしたら後で必殺の鬼殺しキック(自分で名付けた)を
いやというほど受けなきゃいけないってわかってるだろうし。
第一、そんなことしてたらお風呂屋さんが今頃大騒ぎしてるはずよ。
でも、それならいったいどこに倫悟は……。
あたしが、もう一度浴場をよく見てみようと、
脱衣場を出かけたときのことだった。

「ねえ、誰か入ってるの? もう10分も経ってるわよ」

高校生ぐらいのお姉さんがトイレの前でドアをノックして
いるのが目に入った。
ドアの取手の所は「赤」になっていて誰かが入ってる。
でもそのお姉さんがいくら呼びかけても、全然中から返事がない。
あたしはピーンとくるものがあった。

「ちょっとすみません」

お姉さんの前にするりと割り込んでドアをドンドン叩いた。

「倫悟、そこにいるんでしょ! わかってるのよ」

返事はしないけれど中に誰かがいる気配がする。
その気配が倫悟のものだということがあたしにはわかる。
もう一度、さっきより強くドアを叩いた。

「開けなさい、倫悟」

だけど開けようとする気配はない。割としぶといわね。
もう一回ドアを叩こうと手を振り上げたときだった。

ちゃ……。

カギが「赤」から「青」に代わって、小さな隙間が空いた。
その中からこっちを見るおどおどした倫悟の目。
無理やりドアを開いて、あたしは倫悟の手を引っ張り出した。

「ごめんなさい。どーぞ、使って下さい」

変な目であたし達を見ているお姉さんを無視して、
あたしは倫悟を連れて浴場に戻った。
浴場の片すみに連れ戻された倫悟は、びくびくしながら目を
そらしている。

「わかってるわね?」

怒っているのか笑っているのか自分でもわからないような
恐い笑顔をにっこり浮かべて言った。

4ページ

**倫悟**

ぼくは泡がいっぱい出てくるお風呂の前に立たされていた。
いったいお姉ちゃんはどうするつもりなんだろう。

「入んなさい」

ジロっとにらみながらあごで指した。嫌だったけれど、
機嫌の悪いお姉ちゃんに逆らったら何をされるか
わかったものじゃない。
ぼくはしぶしぶ泡風呂に足を入れた。
このお風呂は、壁にジェットなんとかっていうあぶくを
噴き出す穴があって、底のタイルも座りやすいように、
うねっと曲がった形をしている。
とにかく洗剤でも入ってるんじゃないかって思うくらい
泡だらけで、お湯は真っ白だった。

「そこに座るの」

お姉ちゃんは言いながら自分も泡の出てくる場所に腰かけた。
同じように僕も隣に座る。

「ここなら誰にもわからないでしょ」

何のことを言っているのかわからない。

「どういうこと…?」
「決まってんでしょ。あたしから逃げた罰をあげるのよ」
「えぇー……」
「なに? 文句あるの?」

すっごく恐い顔でギロリとにらまれたら、ぼくはだまって
しまうしかない。
怒っている時のお姉ちゃんを、もっと怒らせたりしたら
本当に殺されるよ。

「ここならアワがいっぱいだからマスターベーションをしても
 わからないでしょ。
 やんなさい」
「う、うそでしょっ!?
 だ、だだ、だってみんな見てる場所でそんなのできないよお」
「あんたがちんちんをこすってることなんて、誰にもわかりゃ
 しないわよ」
「嫌だよ。ぼく、絶対に嫌だからね」

ぼくが立ち上がろうとすると、お姉ちゃんはぼくの足に自分の足を
引っかけた。

バシャンっ。

ぼくはバランスをくずして後ろに転んでしまった。

「げほっ、げほっ…ごほっ……」

転んだひょうしにお湯を少し飲んじゃって、のどがむせる。

「ひ、ひどいよ…げほんっ、えほっ…」
「逃げようとするからでしょ」

ぼくを転かしたくせにそっぽを向いている。

わかったよ、お姉ちゃんがそこまでいじわるするんだったら
こっちだって…。
ぼくは泡の出ている所に座り直した。お姉ちゃんは満足そうに、
にやにやしている。
だけどぼくは、座り直したきり何もしなかった。
最初はぼくがちんちんをにぎっていると思っていたお姉ちゃんも、
だんだん怪しみだしてくる。

「ちょっと、あんた。ちゃんとやってるの」
「やってないよ」

ぼくは平然と答えた。…つもりだったけれど、恐くて声が
少し震えた。

「ふざけてるわけ?」
「ぼく……お風呂屋さんが閉まるまで、ここでずっとこうして
 いるから。そしたら変なことさせられずに済むもん」
「そんなチャチなマネが通用するとでも思ってるの」

お姉ちゃんの脅かす時の声は、まるで学校の近くに
時々いる悪い中学生達みたいに恐かった。
いくら強がって見せても歯がカチカチなりそうなくらいだよ。
でも。ここで負けちゃダメなんだ。
お風呂の中で、しかも女湯で、みんなが見てる中で、
そんな変なことしたくない。
そうだよ、先生だって言ってた。
誰が相手でも、したくないことをさせられそうになったときは、
はっきり「嫌だ」って言わなきゃいけないって。

「ぼ、ぼ…ぼく……ぼくは…、何でもお姉ちゃんの言いなりに
 なったりしないからねっ」

それだけ言うのが精いっぱいだった。後は横にいるお姉ちゃんと
目を合わせないように、じっと前を向いているしかない。
お姉ちゃんの目を見たら、これ以上は逆らえないもの。
ずっと心臓がドキドキしっぱなしだ。

「いい根性してるじゃない」
「い…嫌なものは……、嫌だもん。
 先生だって……言ってたじゃないかぁ」
「へえ…。じゃあ、どうしてもやらないって言うのね」
「そうだよ。た、叩かれてもぼく、やらないからねっ…!」

わぁ……もうダメだ…。
こんなこと言っちゃったら半殺しの目にあわされる。
や、やっぱり謝ろうかな………。
すごく嫌だけど、マスターベーションをするのと痛い思いを
するのとじゃ、痛い方がやっぱり…やだよぉ…。

「じゃあやらなくてもいいわよ」

えっ………?
今、お姉ちゃん…。

「その代わり、あたしがするから」
「え!?」

言ったとたん、お姉ちゃんはぼくのちんちんをぎゅっとつかんだ。

「や、やめてよっ。何すんだよ!」
「あたしが代わりにしごくの」

そう言って、前にぼくがした時みたいに、お姉ちゃんは
ちんちんをにぎりしめる。

「嫌だよっ、エッチっ!」

逃げようとしたけれど、もう片方の手で耳をつねられて
しまった。

「いたたたたっ!!」
「じっとしてなさい。
 ちょっとでも動いたらお風呂に顔をつけるわよ」

ぼくがひるんだスキをついて、耳から手を離して髪の毛を
つかみ直す。それをぐいっと引っ張ってぼくの顔を、
お湯のあぶくがはねてかかるところまで近づけた。
もうぼくは逃げようとしたりできなかった。

4年生の時に、お姉ちゃんがふざけて家のお風呂でぼくの
頭をお湯に沈めたことがあったんだ。
お姉ちゃんは冗談のつもりだったんだけど、
ぼくはあのおぼれかけた時、本当に死ぬかと思った。
その時の怖さを一気に思い出してしまったんだ。
お姉ちゃんは、ぼくが逆らう気を無くしたことがわかると、
ごしごしとちんちんをこすり始めた。


**未甘**

倫悟のちんちんを触るのは別に初めてじゃなかった。
なのになんだか今はすごくドキドキする。
さいしょはキノコみたいに、ぶにょぶにょで柔らかかったくせに
ちょっとこすっただけでウソみたいに固くて太くなった。
倫悟の髪の毛をつかんでいた手を離してやったけど、
もう逃げようとしたりはしなかった。
さっきのおどしがきいたのかしら?
でも、それとはまた違う様子にも見える。

「な、なに…あんた。
 まさか感じてるわけ……?」
「や……やめ…て………。
 ほんと…お願いだから………。
 早くやめてくれないと……で、出ちゃうよ……!」

もう泣きそうな顔をしながら、ハッハッと苦しそうな
声を出している。

どうしよう…。
ちょっとやりすぎかな?
もっと、こう……半分嫌がって、半分は嬉しがると思ってたのに、
冗談抜きで嫌がってる。本気で嫌がられたら面白くないじゃない。

そう言えば――
…よく考えたら、この子が射精して精子があたしの体の中に
入ったら、あたし妊娠しちゃうじゃない!!
冗談じゃないわっ。
こすっていた手を急いで離そうとした時だった。

「あ…っ………!」

倫悟が薄く目を閉じて、体を震わせながら変な声を上げた。

ビクン!

あたしの手の中で、大きくなった倫悟のちんちんが
激しく揺れた。
一瞬、何が起こったのかわからなくなって、思わず手を離すのが
遅れてしまった。
それが失敗だった。
あたしの手に変な感じのするものがひっついてくる。

「やっ、やだあーっ!」

立ち上がって、お湯から上げた手を見てみたら、ぬるぬるする
工作の時間に使うのりみたいな何かがくっついている。
これ、倫悟の精子じゃないっ!

「いやっ、汚い!!」

あわててタイルの壁になすりつけた後、洗い場へ飛んでいって
蛇口を思いっ切りひねって水を全開にした。
滝みたいにジャージャー流れる水で、あたしは必死に
洗い流した。

うそでしょ、うそでしょ、うそでしょっ…?
あ、あたし……妊娠しちゃったの……?


家に帰ってベッドに入っても、あたしは全然寝られなかった。
どうしよう……。
どうしよう……。
赤ちゃんができたりしたらあたし…。
おかーさんやおとーさんに叱られて、先生にも叱られる。
それにあたし、倫悟と結婚しなくちゃいけないの?
学校に赤ちゃんを連れってってもいいのかな?
もしかしたら学校をやめさせられるかも知れない。
子供のくせに赤ちゃん生んだら、警察に捕まるかも知れない。
どうしよう、どうしよう。
恐い………、恐い………。

いつの間にか涙が出てきてた。
泣かないように頑張っても、全然涙は止まらなかった。

神様、ごめんなさい。もう二度とこんなことしません。
絶対にしないって約束します。
だから、赤ちゃんができないようにして下さい。
お願いします、神様。


次の日、あたしは給食の後の休み時間に保健室の前に来ていた。
中に入ろうかどうか迷った。
昨日、思い切って保健の植野先生に相談しようって決めたんだ。
植野先生、若くて美人で優しいから人気がある先生なの。
保健の先生だから色々知ってるだろうし。
だけど、せっかく相談しに来たのに、保健室へ遊びに来て
いる他の子の話し声が中から聞こえる。
赤ちゃんができたことを植野先生以外の子に聞かれたくない。
どうしようかとずっと迷っていたら、あっと言う間に休み時間が
終わっちゃって予鈴が鳴った。

ガラガラガラ。

保健室のドアが開いた。
あたしはビクッとなってドアから少し離れた。

「はいはい、もうチャイムは鳴ったんだから戻りなさい」
「今のまだ予鈴でしょー?」
「もうちょっといたっていいじゃん」
「だーめ。そんなこと言ってるから授業に遅れるのよ。
 はい、みんな戻る」
「はぁい」
「また放課後遊びに来るねっ」

みんなが散り散りに教室に戻って行く。
今がチャンスよ。
でも、心の中ではそう思っていても、声がなかなかでなかった。
やっぱり、言うのやめとこうかな。植野先生、言いふらすかも
知れないし……。

「未甘さん、何をしてるの?
 もうとっくに予鈴は鳴ったわよ」

あたしに気づいた先生は、向こうから声をかけてきた。
どうしよう。でも、言うしか……。

「あの…先生……」
「なぁに? 何か用があって来たの」
「うん……」

5ページ

**倫悟**

ぼくは昨日も今日も、お姉ちゃんと口をきいていなかった。
頭の中では、昨日からずっと同じ声がしている。
お姉ちゃんの「いやっ、汚い!!」って言葉。
ぼくは昨日ずっと泣きっぱなしだった。
女湯でマスターベーションなんかしてしまったことも
いやだったけれど、それよりも、もっといやだったのが
お姉ちゃんのあの言葉。

なんだよ、ひどいよ、あんまりだよ。
「汚い」だなんて…。自分でやったくせに……。
あまり何回も同じことを考えていると、鼻がつぅんとしてきて
涙がじわっとなるから、他のことを考えるようにしてる。
今日も図書館にいるけれど、開いている本はシオリを
はさんであるページから全然進んでいない。

「り・ん・ご・君っ」

後ろから誰かが声をかけてきた。
誰だろう、と振り向くとそこには…。

「さくらちゃんっ」
「ねえねえ、何読んでるの?」

そう言ってさくらちゃんは本をのぞきこんでくる。
昨日、お風呂屋さんでかいだのと同じ匂いのシャンプーが、
さらさらの髪からやってくる。
きっと今、ぼくのほっぺた赤くなってる…。
さくらちゃんに笑われないかな。

「え、えとね、『無人島に生きる16人』って本だよ。
 ずっと昔の話で、日本の船が太平洋で嵐にあって遭難するんだ。
 船は粉みじんに壊れちゃって、ほんの少し残った食料や
 道具だけで、すっごく小さな島にたどりつくんだ。
 そこで船員の16人は助けが来るまでいろんな工夫をして
 暮らすんだ。これ、本当にあった話なんだよ」
「ふぅん…。
 倫悟君ってそういうの好きなんだ」
「へ…変かな…?」
「ううん。意外って思っただけ。
 倫悟君ってもっと女の子っぽい本が好きなのかと
 思ってたから。だって…」
「だって?」

ぼくはわけもなく、急に胸がドキドキしはじめた。
さくらちゃんが隣にいるからってだけじゃないような気がする。
何かすごくいやな予感がするよ。

「だって…」

さくらちゃんは両手で輪っかを作って、手を丸めてぼくの耳に
当てた。そしてそっと内緒話をするようにささやいた。

「倫悟君、女の子のふりして女湯に入ったりするんだもん」

!!

ぼく、初めて心臓が止まりそうになる、って気持ちを味わった。

ドクドクドクドクドクドクドク!

このままだとどうかしちゃうんじゃないかっていうぐらい、
心臓はデタラメに速くなる。

「あ………ぅ………」

もうダメだ。
本当の本当にダメだ。
警察に連れて行かれて牢屋に入れられる。
もしかしたら死刑になるかもしれない……!!
お姉ちゃんに叩かれても「いやだ」って言って
女湯なんかに入らなきゃよかった!
ぼくはぎゅっと目をつぶって、同じくらい強く手をぎゅっと
にぎりしめた。

「大丈夫、安心して。
 私、誰にも言ったりしないから」

ぼくはつぶっていた目をパッと開いた。

「本当? 本当に?」
「うん。
 だって倫悟君、お姉ちゃんに無理やり入らされたんでしょ?」
「えっ…。どうしてそれ知ってるの?」
「じゃなきゃ倫悟君が女湯なんかに入ったりするわけないもん。
 倫悟君、いっつもお姉ちゃんにひどいことされてるじゃない」

良かったぁ…。
嫌われるどころか、さくらちゃん、ぼくのこと
よくわかってくれてた。
ほっとしたら急に大胆になってきた。

「そうなんだ。お姉ちゃんってばひどいんだよ。
 ぼくに無茶なことばっかり言って、できなかったら
 叩いたり蹴ったりするんだ」
「ひっどーい。そんなのひどいわよ」
「でしょ、そう思うよね」
「ね、ところで倫悟君」
「なに?」
「昨日、私の裸見たでしょ」
「っ………!!」

さくらちゃんは怒ってるふうじゃなかったけれど、
ぼくはすごく恐くなった。
そう…確かに見ちゃった。でもちらっとだけしか…。

「男の子に裸を見られちゃったら私、もうお嫁に行けないなぁ」
「あの、その、ぼく…」
「倫悟君に責任取ってもらおうかなぁ」
「セ、セキニン??」
「そ。
 倫悟君のお嫁さんにしてもらおっと…」
「そんなの、あの……、困るよ。そんなの困るよ……」

ぼくは真っ赤な顔から真っ青になっていた。
結婚だなんて、そんなことしたらお父さんやお母さんに
怒られちゃうよ。

「ふっふふふ。
 う・そ」
「えっ……………?」
「もう、やだァ。倫悟君ったら本気にするんだからー、もぉ」
「な、なんだ、うそだったの。
 おどかさないでよぉ、さくらちゃんのイジワルっ」
「ごめーん」

さくらちゃんは両手を合わせて、ぺろっとしたを出した。
なんか、一気にさくらちゃんと仲良しになれちゃった!
ぼくね、そのまま昼休みの間中、さくらちゃんと話をして、
今日の放課後に遊ぶ約束までしたんだ。


**植野**

とりあえず、私は未甘さんを保健室に入れることにした。
いつも元気だけが取り柄のような子が、今日はいつになく
静かだった。何かを思い詰めているように見える。
私はドアを閉めると、椅子を勧めて、自分も職員用の肘掛け椅子に
腰を下ろした。

「どうしたの。今日は元気がないのね」

未甘さんは一見、保健室とは無縁に見える生徒だった。
保健室へ遊びに来る子はだいたいおとなしい感じの生徒が多く、
外よりは室内で遊ぶのが好きな子が大半を占めていた。
未甘さんが保健室へ遊びに来ることはほとんどなく、
ここへ来るときは、大抵遊んでいて怪我をしたか、
あるいは怪我をさせた時ぐらいだった。
とても活発で目立つ子だったから私もすぐに名前を覚えた。

「何か悩み事でもあるの?」
「………」
「もし、そうなのなら話してみて」
「………」

普段はしょっちゅう男の子達とケンカをして、その騒ぎ声が
保健室まで聞こえてくることもある子とは思えないほど、
今日の未甘さんは妙にしおらしかった。
「デビル」だとか「帝王」だとかいった、女の子らしくない
あだ名をつけられている子とは思えないほど、貝のように口を
閉ざしている。
さっきから未甘さんは黙ったまま、膝の上に置いている手を
見つめているばかりだった。

キーン、コーン、カーン、コーン…

本鈴が鳴り始めた。
未甘さんは立ち上がろうとした。それを私は彼女の肩に軽く手を
当てて座るように指示する。

「え……、でも…」
「いいの。5時間目は授業に出なくてもいいわ。
 私から担任の先生に連絡するから」

私はそう言って備え付けのインターホンを取って、内線を職員室に
つないだ。

「ええ、そう言うわけで5時間目は保健室で授業を受けるという
 形で通しておいて下さい。
 …はい………はい…、ええ、わかりました。
 それではよろしくお願いします」

私が受話器を置くと未甘さんは不安そうに言った。

「先生、あたし授業に出なくていいの?」
「大丈夫。欠席になったりしないから、心配しなくていいのよ」
「でも、みんなが変に思う……」
「担任の先生が、『未甘さんは具合が悪くなったから保健室で
 休んでいる』って、みんなに伝えてくれているから、
 そんなこと気にしないの」
「………」
「さっ、聞かせて。
 何か言いたいことがあって来たんでしょう?」

それでも未甘さんはまだもじもじとしている。

「誰にも………言わない?」
「もちろんよ」
「他の子にも、他の先生にも?」
「ええ、決して言ったりしないわ。秘密は絶対に守るから。
 先生、口はとっても固いのよ」


ようやく未甘さんは重い口を開いてくれた。
話の全部を聞いたとき、さすがに私もショックは
隠し切れなかった。
弟の倫悟君にいじわるするために彼を女湯に入れたこと。
その中で、湯船で未甘さんが倫悟君の性器を勃起させて
手淫をしたこと。
かなりおてんばな子だとは思っていたけれど、
まさかそんなことをするなんて……。
初めは嘘か冗談とばかり思ったけれど、落ち込みようからして
本当に悩んでいる様子。

「じゃあ、お風呂の中で倫悟君のおちんちんをにぎって
 射精させただけなのね?」

私はなるべく優しく話しかけるように努めた。
けれど未甘さんは始終、いたずらが見つかった子のように
口数は少な目で、小さくうなずいてばかりだった。

「大丈夫よ、安心して。男の子の精子ってとっても熱に
 弱いの。だからお湯の中に出てもほとんどがあっと言う間に
 死んじゃうし、未甘さんもすぐにお風呂から出たんでしょ?
 なら心配いらないわ」
「本当? 本当に本当なの?」
「先生が嘘を言うように見える?」

未甘さんはぶるぶると首を横に振った。

「良かったぁ…。
 私、すごく不安だったの。赤ちゃんができたらどうしようって。
 倫悟と結婚しなきゃいけないのかなって」
「でもね…」
「えっ」

ほっとしたのも束の間、未甘さんはまた不安そうな顔になる。

「ううん、未甘さんが妊娠したりするようなことはないわ。
 だけどね、未甘さんがしたことはあまり褒められるような
 ことじゃないわよね? それはわかるでしょ?」

口をつぐんで、またうつむきかげんになり始めた。

「どうしてそんなことしたのかしら?
 男の子の体にちょっと興味があったからなのかな?」

未甘さんは、まただんまりになってしまった。
私は笑顔と明るい声を保ったまま続けた。

「先生、怒ってなんかないのよ。
 ただ、未甘さんがどうしてそんなことしちゃったのかなぁ、
 って思っただけ。
 ……前に倫悟君にひどいことされた時の仕返しかな?」

この問いには大きく横にかぶりを振って答えた。

「私………」
「ん、なあに?」
「私、なんか……すごく…、倫悟が憎たらしくて。
 それで……」
「どうして? いつもすごく仲がいいじゃない」
「あたしと倫悟が?」

未甘さんは意外そうに顔を上げた。

「ええ。
 毎日一緒に登校や下校をしてるし、倫悟君がいじめられてたら
 未甘さんはいつも助けてあげてるじゃない」
「…………」
「先生、兄弟がいないからうらやましいなぁ、って思ってるのよ」
「…………」

何も答えなかったけれど、未甘さんは決まり悪そうに、
はにかんでいる。

「先生………」
「うん?」
「倫悟、怒ってるかな…?」
「そうねえ……。
 未甘さんはどう思う?」
「きっとすごく怒ってるに決まってる。
 だってあたし達、昨日から全然話をしてないもん」
「そう思うんだったら、ちゃんとごめんなさいって
 言った方がいいんじゃないかな?」
「うん………」
「本当に心から謝れば許してくれるわよ。
 もう二度としないって」
「しないわ。あんなに恐い思いしたの、生まれて初めてだもん」
「ふふふ…」

未甘さんは今回のいたずら(にしてはちょっと度が過ぎて
いたけれど)に心底懲りた様子だった。

「さてっと。
 5時間目が終わるまでここでゆっくりしていきなさい」
「えっ、でもずる休みになっちゃう」
「あら、それなら算数ドリルでもやる?」

いたずらっぽく私が引き出しからドリルを出そうとすると、
未甘さんはオーバーに首を横に振ってみせた。

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**未甘**

5時間目が終わった後、あたしは教室に戻った。
みんながちらっとこっちを見たり


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