全裸で食べさせられた給食[前編]

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全裸で食べさせられた給食[前編]
小学五年生だった。

なんとか忘却の彼方に追いやっていた思い出なのに、昨日の夜の出来事のせいで鮮やかに蘇ってしまった。

3時間目が終わった中休み、Y美が僕のところに来て、「今から身体検査があるみたいだから、保健室まで行くよ」と言った。

身体検査の日に僕は家の事情で学校を休んだのだった。

身体検査の日に休んだ人は、保健委員の指示に従って別の日に身体検査を受けることになっていた。

僕は椅子から立ち上がり、Y美と一緒に保健室に行こうとした。

「保健室には服を脱いで、すぐ身体検査が受けられるようにして行くんだよ」

「脱ぐって、今、ここで?保健室で脱げばいいんじゃないの?」

「駄目だよ。ここに書いてあるでしょ」

そう言って、Y美は『身体検査の心得』とプリントされた紙を僕に見せた。

そこには、『身体検査の日に休んで身体検査を受けられなかった人はなるべく早めに受けましょう。身体検査は小学1年生が受けるのと同じです』と書いてあった。

「小学1年生は教室でパンツ一枚になってから保健室に行くことになってるの」とY美が補足した。

そういうものかと僕は考え、少し躊躇いを覚えたが、休み時間の賑わいの中、靴下を脱ぎ、シャツのボタンを外し、ズボンを脱いだ。

パンツ一枚になった僕の姿をちらちら見て、「身体検査の日は絶対休まないようにしないとね。恥ずかしいよね」と隣りの席の女の子たちが顔を赤らめながら、小声で話をしていた。

他の女子たちも寄って来て、パンツ一枚の僕を興味深そうに見つめるのだった。

「どうしたの、この子、なんで裸になってんの?」

「今から保健室まで身体検査を受けに行くの。全員が受ける日に受けないと、ここで脱いでから行かないといけないから、みんな気をつけてね」

Y美が冷ややかな笑いを浮かべて、みんなに説明した。

女子たちは、どっと笑った。

「でもさ、パンツ一枚ってことは、上履きも履いちゃいけないんじゃないの」と女子たちが呟くと、「それもそうだよね」とY美が答えて、僕に上履きも脱ぐように命じた。

それから僕はY美の後について廊下に出た。

素足に廊下が冷たかった。

Y美はゆっくり歩いた。

あまりにゆっくりなのでY美の前に出ようとしたらY美に手首を掴まれ、「検査を受ける人は保健委員の前に出てはいけないんだよ」と後ろに戻るように言われた。

まだ4月の下旬だったからパンツ一枚の裸では寒く、Y美にもう少し速く歩いたらどうかと訊ねたが、「廊下はゆっくり歩かないと事故になるから」と言って取り合ってくれなかった。

しかも悪いことに途中で友だちに会うと、Y美は立ち話を始めるのだった。

その間、僕も立ち止まって、話が終わるのを待たなければならない。

その友だちが僕の方を顎でしゃくってY美に何かを聞いていた。

まだ休み時間で、廊下には多くの生徒がいた。

パンツ一枚の僕を指差して笑う人がいたり、ちらちら見ながら通り過ぎる人がいたり、なんで裸でいるのかと聞きに来る人がいたりして、僕の姿を見た人は、必ずその格好に対して何らかのリアクションを示すのだった。

僕は恥ずかしくてたまらなくなってきた。

ようやくY美の立ち話が終わって、階段を下りるところまで来ると、Y美が手を振る。

また新しいお友だちで新たに立ち話が始まり、僕は恥ずかしさと寒さに耐えながら、肩から腕のあたりを両腕で擦って、じっと待っていた。

四時間目の始まりを告げるチャイムが鳴って、僕はほっとした。

四階から一階まで下りて長い廊下を進み、ようやく保健室の前まで来た。

Y美が引き戸を開けようとすると鍵が掛かっていた。

「おかしいな。身体検査を受けてない人は今日中に受けることになってるんだけどな」

Y美は呟き、僕のパンツのあたりに視線を向けながら、「職員室に行って先生を呼んでくるから、ここで待ってて」と言うのだった。

僕はパンツ一枚の格好で保健室の前に取り残されることになった。

寒くてぶるぶる震えながら遠ざかるY美の背中を見ていた。

Y美はなかなか戻って来なかった。

保健室の入り口の前でパンツ一枚の裸で待っていると、先生が何人か通り過ぎ、僕に何をしているのか訊ねた。

事情を説明すると、みんなすぐに納得して、もう僕が裸で廊下に立っていたことなど頭から払い除けたかのような顔つきになって教室へ向かう。

恥ずかしかったのは音楽のK先生に見られたことだった。

K先生はこの春、大学を卒業したばかりの女の先生で、先生というよりはお嬢様といった感じの明るい人柄が生徒の人気を集めていた。

僕はピアノが弾けるので、K先生の代わりにピアノ伴奏をしたこともあり、特に目をかけてもらっていたように思う。

「どうしたの?なんでそんな格好でいるの?」

僕が裸で震えているのを見て、K先生が素っ頓狂な声を上げながら近づいてきた。

僕はこれで十回以上はしている同じ説明を、今初めてするように繰り返した。

K先生は驚いたように大きく目を見開き、頭の先から爪先まで僕を見つめて言った。

「しかも裸足じゃない。すごいね、君。上履きぐらい履きなさいよ」

「上履きも脱ぐように言われたんです。パンツ一枚が規則だからって」

「ほんとに?教室からここまでその格好で来たの?」

僕が小さく頷くと、K先生は手に持っていた教科書でぽんと膝を叩いて笑うのだった。

僕は、『裸じゃ可哀想だから』と、K先生が羽織っているカーディガンを貸してくれたらどんなにいいだろうと思っていたが、K先生は・・・。

「ま、ちょっと寒いかもしれないけど我慢しなよ。男の子の裸、こんな近くで見たの初めてかもしれない。でも女の子みたいだね。今度はパンツを脱いで見せてね。ハハハ、嘘だよ、そんな悲し気な顔しないでよ。ほら、保健の先生が来たよ」

そう言って、スキップしながら去るのだった。

保健室に着くなりY美が、「先生、忘れていたんだって」と僕に囁いた。

保健の先生は五十歳くらいの気難しい性格で、陰ではみんなから『ババァ』と呼ばれていた。

僕を待たせていたことに対してお詫びの一言もなく、じろりと僕を睨みつけてから、鍵穴に鍵を差し込んだ。

戸を開けると僕に中に入るように促した。

僕はY美よりも先に入ると叱られると思って、Y美に先に入るように目配せしたが、Y美は気づいてくれない。

「早く入りなさいよ」

業を煮やした保健の先生が怒声を発して、後ろから僕の背中を強く叩くので、つまづいた僕は保健室の中央で四つん這いになってしまった。

保健の先生がY美に教室に戻るように命じた。

Y美はこれで保健委員の務めが終わることに不服そうだったが、「じゃ先生、あとはよろしくお願いします」と頭を下げて教室に戻っていった。

検査の間、保健の先生はずっと不機嫌だった。

「受けるんならまとめて受けてくれないと、こっちの手間がかかって大変じゃない。なんで一人一人連れてくるのよ」と言うので、「他にも僕みたいに当日検査を受けられなかった子っているんですか?」と聞いてみた。

せめて、この恥ずかしくて寒い思いをしたのが僕一人でないことを聞いて安心したかったのだった。

「いるよ」

保健の先生がぶっきらぼうに返事した。

「でも、あんたみたいに教室から裸になってここまで来た子はいないけどね。何もパンツ一枚になる必要なんてなかったのよ。小学一年生じゃあるまいし。みんな体育着で測定するのよ」

やられた。

僕は保健委員であるY美の指示でこの格好になり、ここまで来たのだと話した。

保健の先生は鼻で笑っただけだった。

検査は10分くらいで終わった。

保健の先生は記録簿に数値を書き込みながら顔を上げずに「ご苦労さん。教室に戻りなさい」と言った。

その言い方が先ほどよりは不機嫌さを感じさせないものだったので、僕は思い切って相談することにした。

「先生、何か着るものはありますか?」

「着るものってなによ」

「この格好で四階の教室からここまで来たんですけど、帰りは何か羽織るものが欲しいです。それに今は授業中です。この格好で教室に入るのは嫌です。白衣でもいいから貸してください」

「白衣でもいい?白衣でもいいとは何事よ。白衣は私にとって大切な制服なの。裸の、ばかな男の子に着せるものじゃないわよ。あんたに着せるものなんか保健室にはない。その格好で来たんだから、そのまま戻りなさい」

先生は僕の腕を掴んだまま廊下に引きずり出した。

保健室の戸を閉め、鍵を掛けている先生の後ろで僕は何度も謝り、何か着るものを貸して欲しいとお願いした。

しかし先生は聞く耳を持たなかった。

鍵を白衣のポケットにしまうと、先生はニヤッと笑って行った。

「早く教室に戻ったほうがいいんじゃないの。パンツ一枚の裸で学校内をうろうろしてたって仕方ないでしょ」

職員室へ帰る先生の後ろ姿を恨めしい思いで見つめた。

仕方がない。

僕は小走りで廊下を進み、駆け足で階段をのぼった。

僕の教室がある4階まで駆け足で一気にのぼったので、パンツ一枚の裸でも寒さは感じなかった。

教室の前まで来ると、もう一度あたりを見回し、何か身に着けるものはないかと思った。

せめて体育着でもあればよいのだが、そんなものが廊下に落ちているはずはない。

今、身にまとうことができるのは、このパンツ一枚だけだと観念し、深呼吸した。

教室に入れば、パンツ一枚の僕の姿にクラスの女子達や担任(女)の先生は驚き、冷やかしの言葉を浴びせるだろうが、それも一時の辛抱、机の上に置いた服を素早く着込めば良いだけの話ではないか。

教室に入ってから服を着るまで10秒もかからないことだろう。

そう思って僕は覚悟し、教室の引き戸を開けた。

一瞬にしてクラス全体が静かになったようだった。

算数の時間で、担任の先生は黒板の前で数式を示したまま、ぽかんとした表情で僕を見つめていた。

それから、「どうしたのよ!その格好」と言った。

クラスの女子達はたちまち爆笑の渦となった。

僕はその隙に急いで自分の机に向かって服を着ようとしたが、先生に呼び止められた。

「いいからこっちに来なさい。その格好のままでいいからこっちに来なさい」

そう言って、裸で恥ずかしがっている僕を強引に呼びつけるのだった。

「ねえ、パンツいっちょうで、どこうろついていたのよ」

教壇でパンツ一枚の裸のままうなだれている僕に、先生の怒気を含んだ声が落ちてきた。

僕は身体検査を受けていたこと、Y美の指示で教室で服を脱いでから保健室に行ったことを話さざるを得なくなった。

クラス中の女子の視線がパンツ一枚だけの僕の体に集中しているよう気がして、何度も詰まりながら言葉を継いだ。

その赤面ぶりに先生はさすがに哀れを催したのだろう、Y美に事実の確認をした。

Y美はあっさり僕の言ったことを認め、のみならず自分の指示が間違いだったことを、小学五年生とは思えない大人びた口調で詫びたのだった。

先生もこれに気をよくし、僕のほうを向いて、「Y美もああやって謝っているでしょ。悪気があった訳ではないでしょ。お前も災難だったけど、許してやりなさいよ」と言い、自分の席に戻ってよいと手で合図した。

これで服が着れると安堵したのも束の間、僕の机から服がきれいさっぱり消えてなくなっていた。

椅子の下にあるはずの上履きも、ない。

僕は机の中はもちろん、後ろのロッカーまで行って調べた。

しかし服と上履きはどこにもなかった。

他の人のロッカーまで必死になって調べている僕に向かって、「ねえ、どうしたのよ」と先生が声をかけた。

「服と上履きがないんです」

僕は半べそをかきながら言った。

「机の上に置いといたはずなのに」

「おい、誰かこの子の服を隠してない。可哀想だから出してやりなさいよ」

先生が笑いをこらえたような調子でみんなに言った。

この女の先生は、怒った時はどんな生徒の背筋でもぴんと張るぐらい怖かったけど、普段は友だちのような感覚で生徒に接するのだった。

この時も面倒見のよいお姉さんが仲間に協力を呼びかける調子で、クラス全員の顔を見回した。

教室中がざわついた。

「でも、机の上に出しっぱなしにして行っちゃうほうが悪いと思います」

風紀委員の女の子が手を挙げて、先生の許可を得てから発言した。

「だから・・・」

「だから、なんなのよ?」

先生は、恥ずかしそうに俯いた風紀委員の女の子を励ますように優しく次の言葉を促した。

「だから、服を没収されたんだと思います。授業が始まる前に授業と関係のないものは身の回りに置いといたらいけないことになっています。その場合は没収されるんです。これはクラスの規則です」

まじめなだけが取り得のような風紀委員の女の子は、それだけ言うと、真っ赤になった顔を誰にも見せまいとして机に顔を伏せてしまった。

「それもそうね、それは確かに出しっぱなしにするのが悪いわよね」

その規則を定めたのが他ならぬ自分である手前、先生は意を決したように命じた。

「よし、仕方ないその格好のままで授業を受けなさい。授業が終わったら、ちゃんと詫びて服を返してもらいなさい。分かった?」

僕ひとりパンツ一枚の裸のまま授業を受ける。

あまりのことに反論しようとすると、先生の逆鱗に触れてしまった。

手を挙げず、許可を得ないまま発言しようとしたことが原因だった。

この女の先生は、こういう細かい規則にうるさいのだった。

教室は再び、誰かがつばを飲み込む音すら聞き取れるほどの静寂に包まれた。

「お前、勝手に規則を破って、これ以上、私の授業の邪魔をしないでね。パンツ一枚の裸でも授業が受けられるだけありがたいと思いなさい。恥ずかしいけど我慢してね」

この恥ずかしい格好のまま教室の外に追い出されたら、たまったものではない。

僕は観念して裸のまま席についた。

<続く>

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