主人には絶対言えない秘密があります。
といっても不倫や浮気じゃなくて、私の「初めて」の話。
私は小さい頃からおとなしいというか、地味で暗い子でした。
モテないくせに自意識過剰なのか、男の子に話しかけられると身構えるタイプ。
友達に彼氏ができたとか、初体験を済ませたとか聞くと、内心うらやましいな、と思いながら、私には縁のない世界と考えてました。
高校2年の夏休みのことです。
私は文化部所属で、休み中は基本的に暇。
かといって、毎日遊び歩くほど交友関係が派手でもありません。
そろそろ受験のことも考えなさいよ、と親はプレッシャーをかけてきます。
そんなこんなあって、休みの日中は近所の図書館で過ごすようになりました。
幸い本は好きでしたから、勉強道具を抱えて涼しい図書館の隅に陣取り、勉強に飽きたら本を読んで、また思い出したように参考書を開くことの繰り返し。
うーん、確かに暗い子ですね。
図書館に通い始めて3日目くらいでした。
借りてた小説2~3冊をカウンターで返却してたら、隣にいた男の子が「あっ、その本、あなたが借りてたんですね」
と話しかけてきました。
初めて見る子です。
たぶん私と同年代。
その子、同じ本を読もうと思ったら貸し出し中で、カウンターで返却予定日を聞こうとしてたようです。
「へえ、○○さんの本、お好きなんですか?」
私は何の気なしに聞いてみました。
その作家、父の趣味で私も読み始めたんですが、どっちかというと中高年に愛読者が多いイメージ。
自分を棚に上げて何ですけど、高校生が読むなんて珍しいな、と思ったんです。
「母が好きなんです。
オバさん向けと思ってたけど、意外と面白いですよね」
「あっ、やっぱりそう思います?」
後から考えると、この時点でもう普通じゃなかったんですよね。
いくら好きな作家が同じだからって、初対面の男の子と気安く話すなんて、人見知りするいつもの私じゃ考えられないことです。
ところが、その日の私は違いました。
自分でも驚くくらい自然な会話。
彼の方も違和感を覚えなかったらしく、閲覧室わきの喫茶コーナーに移動して、ひとしきりその作家の話で盛り上がりました。
男の子は「慎一郎」と名乗りました。
私と同じ高校2年生。
東京に住んでて、夏休みを利用して祖父母宅に遊びに来たそうです。
「この図書館、よく来るの?」
「あ、うん。
だいたい毎日…」
「じゃあ、また会えるかもね」
慎一郎君の優しい笑顔に、私は思わず真っ赤になってしまいました。
帰宅してからも、ずっと慎一郎君のことが頭から離れませんでした。
食事中もボーッとして、母に「惚けるには早いわよ」と笑われたり。
慎一郎君は、別に人目を引くようなハンサムじゃありません。
むしろ見た目は地味で、今の感覚ならフツメンと分類されるんでしょう。
好きだった俳優に似てるわけでもないんですが、何と言ったらいいのか、ずっと昔から知ってるような、不思議な親近感を覚えました。
私が小さい頃に憧れた従兄のカズキさんに、少し似てたせいかもしれません。
従兄は私より8歳上ですが、20代半ばで落ち着いてしまった当時の彼でなく、小学生だった私が思いを寄せた高校時代のカズキさん、という感じです。