優良は、鏡に映る自分の顔をのぞきこんだ。
夏の昼下がり、寝室の鏡台には、浴衣姿の優良が映っている。
紺の浴衣をぱりっと着込み、長い髪はうしろにまとめあげられている。
おろしたての浴衣の襟元からは、成熟した女の色気が立ち上ってくるようだ。
今晩は、近所で花火大会があり、夫婦おそろいで浴衣を着て、見物にでかけようということになったのだ。
すでに、遠くのほうから、心が浮き立つような祭りの太鼓の音が風にのって聞こえてくる。
だが、一週間前の出来事を思い出すと、優良の表情に、暗いかげがよぎる。
一週間前、優良は、真もいる自宅で、妹の恋人に無理矢理犯されてしまったのだ。
さいわい、数日後には生理があり、優良は、少しほっとした。
(わたし、あのとき、どうしちゃったんだろう……)
優良は、額に手を当てて、考え込んだ。
山田に犯されて、優良は、不快感と嫌悪を感じた一方で、それまで経験したことのない、激しい快感を味わったのだ。
もしかして、あれが、「イク」ということなのだろうか。
(真さんとは、全然ちがう……)
はっとして、優良は、あらぬ方向にそれてしまった考えをふりはらった。
(わたし、このごろ、こんなことばかり考えてる……)
「優良さーん、はいっていいー?」
廊下から、真が声をかける。
優良は、あわてて、声をとりつくろう。
「は、はーい。
どうぞ」
どうぞ」
真は、あの事件にも全く気づかなかった様子で、ここのところの優良の暗い様子も、女の「月のモノ」ということで、片付けてしまっていた。
優良の浴衣姿を見て、真は、さっそくでれでれしはじめる。
「優良さん!いい、ぐっどだよ!」
真にほめられて、優良の表情は、ぱっとあかるくなった。
「もう、真さんたら!」
くすくす笑いながら、優良は、真のうでに自分のうでをからめた。
「さ、いきましょう、はやくしないとおくれちゃうわ」
(わたしには、真さんしかいないんだから……)
「うわー、さすがに、ものすごい人出だなあ」
花火大会会場の最寄駅に降り立つと、ふたりは、いきなり人の波に巻き込まれた。
しばらく立ち往生していた真たちに、手をふって合図を送る者がいる。
「おねえちゃーん、おにいさーん!こっち、こっち!」
「梨香!」
人ごみをかきわけて、梨香が、こちらに向かってくる。
そして、その少し後ろからついてくる山田の姿を見て、優良は、立ちすくんでしまった。
梨香に手を振り返す真の袖を引っ張って、優良は、その耳元にささやく。
「ま、真さん!どうして、梨香たちが来てるの?!」
「あれ?おれ、言ってなかったっけ?」
優良のあまりに真剣な表情に、真は少したじろぐ。
「なに、こそこそ話してんのよ。
相変わらずアツアツなんだから!」
相変わらずアツアツなんだから!」
タンクトップに、短パンすがたの梨香が、ふたりに寄ってくる。
山田は、その後ろで、さすがにばつが悪そうに、優良のほうをちらちらと眺めている。
優良は、その視線を避けるように、真のかげに隠れた。
「あ、おにいさんたち、ふたりとも浴衣なんだ、似合ってるじゃん」
山田が、優良の浴衣姿を、じろじろと眺めるので、優良は、消え入りたいような気持ちだった。
「おねえさんの浴衣、色っぽいなあ、へへへ」
「こら、山田!欲情してんじゃねえよ!」
梨香が、山田の腕をつねる。
「いてて。
お前も、浴衣着てくりゃ良かったじゃないか!」
お前も、浴衣着てくりゃ良かったじゃないか!」
「あはは。
ふたりとも、相変わらずだなあ」
ふたりとも、相変わらずだなあ」
山田に、浴衣のことを言われて、優良は、真っ赤になってうつむいてしまった。
(やだ、わたし、どうして赤くなってるんだろう……)
四人は、人の流れに押されるように、歩き出した。