俺は36歳、結婚8年目の妻は31歳だ。
5歳の娘がいる。
自分で言うのも照れるが、妻は清楚系の美人だ。
見た目は綺麗で性格も優しく、スタイルも良いしイイ女だと思う。
だが、ボーっとしたところがあって少し危ない。
妻が22歳のとき初めて関係したが、美人なだけに処女ではなかった。
妻は、「あなたが3人目なの」と言っていたが、ある日それは真っ赤なウソだと分かった。
俺が妻の日記を見つけたのは2年前だった。
日記と言ってもUSBフラッシュメモリー。
それはペンの形をしており、見た目はそれと分からなかったが、メモをしようと妻のバッグから拝借したとき、偶然本来は外れるべきでない部分が外れてUSBであることが分かった。
悪いとは思ったがPCに挿し込み、データを抜いた。
512MBの容量のうち約350MBのデータがあった。
俺は自分のフラッシュメモリーにそのデータを移して内容を盗み見た。
データの中に、西暦毎のフォルダがあり、その中はさらに月毎に分かれていた。
中身はワード文書に書かれた日記だった。
一番古いもので1999年、つまり12年前・・・という事は妻が19歳、短大に入学した年だ。
俺は後ろめたさを伴いながらも妻の過去を覗いた。
若い娘らしく他愛もない話題が多いが、1999年10月、妻は学園祭で大学4年の男と知り合っていた。
そしてこの年のクリスマスイヴにこの男と初体験していた。
翌年3月、この男は大学を卒業して地元に帰り関係が終わった。
妻はこの男に8回抱かれていた。
これは卒業前の女漁りという奴だ。
俺が大学4年の頃にも、この手で好きでもない女の子2人と関係したが、内一人は処女だった。
交際期間の割りに関係した回数が多くなるのが卒業前の女漁りの特徴だ。
フラれてもすぐにバイバイだから思い切っていける。
ボーっとした妻は見事に喰われたようだった。
妻は短大2年の時に不倫していた。
44歳の単身赴任のオヤジと半年関係していた。
日記には、『既婚者のSEXはガツガツしていないし、お小遣いもくれる』と書いてあった。
援助交際だ。
(美形の妻はいくらで買われていたのだろう?)
妻の申告通り、俺が3人目ならこれで終わりのはずだが、このオヤジが転勤する2日前、このオヤジの引越しを手伝いに来ていたオヤジの地元の友人2人を加えて4Pした様子が書かれていた。
『オジサン2人に両足を開かれて、もう一人のおじさんにアソコをビール瓶でズコズコされてイッちゃった。「こんなイイ女とやれるなんて夢のようだ」と言われて嬉しかった。オジサンの一人が私に生で入れて、そのまま中で射精しちゃったものだから、他の二人のおじさんにも次々に襲いかかられて膣の中で射精されちゃった。しばらく休んだら2順目も犯されて、結局、私の子宮には6回分の精液で満たされちゃった。妊娠が怖かったけど、凄く感じて意識が朦朧としちゃった。万が一妊娠しちゃった時のためにって15万円もらった』
妻は美形の公衆便所にされていた。
就職してからがいきなり凄かった。
当時高3の妹と母親が大学の下見に東京へ行った夜に、妻は実の父親と飲んで、酔っ払った勢いでSEXしていた。
日記にはこう書かれていた。
『お父さんが、「お前も大人になったなあ」と言うから、お父さんがトイレに行った間に裸になって「大人の私よ」と言ったのが始まりで、お父さんも裸になったらオチンチン立ってた。お母さんも妹も居ないから「1回父娘でしてみる?」ってことになって、お父さんとSEXしちゃった。とっても良くって、お母さんに嫉妬!』
これには愕然とした。
読み進めると、この2ヶ月後にも父親とSEXしていた。
さらに1ヶ月後、その後は月に2~3回この父娘は関係し、恐ろしいのは何度か中出ししているのだ。
『そろそろ生理が近いはずだから、今日はお父さんに中出しおねだりしちゃった。お父さんの精子が私の子宮めがけて泳いでるのを感じた。これが“父の愛”ね』
信じられなかった。
普段の妻は、SEXなんて知りませんって顔をしていたのに。
2002年、俺が登場した。
『「雰囲気がお父さんに似ていて好きになっちゃった」って言ったら、お父さんは、「きっといい奴だぞ」だって。思い切って告白しちゃおうかなー』
その翌日、俺は妻に告られた。
俺は清楚美人に告られて有頂天になっていた。
すぐ手を出すと嫌われると思って我慢していたが、付き合いだして2週間後のデートで俺のアパートの近くで飲んだとき、「ちょっと飲みすぎたかも」と妻がよろめいて俺にしなだれかかってきたので、妻を部屋で休ませて、そこで初めて妻を抱いた。
その日の日記は・・・。
『やった、大成功。彼に抱かれた。うれしー!彼のオチンチン、お父さんのより細いけど長かった。先っぽが子宮まで届いてた。あんなの初めて。すっごく感じたけど、はしたないって思われるのイヤだから声を殺して我慢した。乱れるのはお父さんのときだけにしよーっと』
やはり妻は、清楚な外見に合わせて所作も清楚を演じていた。
父親とのSEXでは相当乱れるとみえた。
というより、俺という恋人が出来ても父親と月2回のSEXを続けていたことにびっくりした。
ここで俺は、もしやと思い、最近の日記を見た。
2009年、9月◯日。
『今日、娘を母に預けて出かけた。友達に会うと言ったけど、もちろん相手はお父さん。ノータイムサービスでたっぷりお父さんに愛されちゃった。54歳なのに私のために2回も頑張ってくれた。私は子宮にお父さんの愛を2発分湛えた。お父さんアリガト。そして、おかあさん、あなた(俺のことだ)、ゴメンナサイ』
血の気が引いた。
妻は9月に父親と2回密会していた。
『2週間ぶりにお父さんに愛された。今日は危険日だから外出しだった。夕方1時間しかなかったから慌ただしかったけど気持ちよかった。夜、彼(俺のこと)にも求められた。もちろんOKした。夕方は太いお父さんのオチンチン、夜は長い彼のオチンチンで最高の一日だった』
あの清楚な美人妻が、父娘相姦したその日の夜に平気な顔して夫に抱かれていた。
俺はショックだったが妙に興奮した。
俺は一計を案じた。
娘を連れて友達と遊びに行く段取りをつけた。
日曜日、妻は日中一人で、しかも安全日だ。
必ず父娘相姦を俺達の寝室でするはずだ。
俺は寝室とリビングにビデオカメラを仕掛けた。
そして前日の土曜の夜、妻を抱いて中出しして、カメラチェックをした。
ばっちり写っていた。
俺は日曜日、娘を連れて友人の家を訪ねた。
夕方4時頃、妻に『今から帰る』とメールを打った。
帰宅後、カメラを回収しHDDの内容をモバイルPCへ移した。
妻が夕食の支度をしている最中、早回しで映像をチェックした。
そこには、全裸でまぐわう父娘が写っていた。
翌日、全て観賞した。
義父の前戯は年季が入っていてねちっこかった。
妻は、俺の時には決して見せない喘ぎで悶えていた。
挿入後はさらに凄い声をあげて、騎乗位では髪を振り乱しての大喘ぎ。
清楚とは程遠く、50過ぎた実の父親のチンポで膣内を掻き回され、あられもない声を出して乱れていた。
いつもの清楚な妻と同じ人物とはとても思えなかった。
俺はこの映像をDVDに焼いて、さりげなく妻の化粧道台に置いた。
翌日帰宅すると、妻が正座して頭を下げた。
妻「いつから疑っていたの?」
俺「さあね」
妻「離婚・・・ですよね・・・」
俺「このままではね・・・」
妻の日記に書かれていた衝撃の事実
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| 元記事サイト:萌えるエッチ体験談 〜非日常的なエッチな体験談をお届けします〜
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