Yさんが、辻仁成と江國香織の『冷静と情熱の間』に出てくる、梅ヶ丘の羽根木公園に行こうと言い出しました。
この時期ですからまだ人も居ないでしょうし、もしかしたら、早咲きの梅が見られるかもしれません。
竹之内豊は好きなのですが、時間がなくて映画版は観ていません。
でも小説版は、私が読んでみたいと言ったらYさんが買ってくれ、2人で交換して読みました。
推理小説ファンのYさんには、甘ったるくまどろっこしかったらしいのですが、私は気に入って、読み返してしまいました。
私もどちらかといえば、法廷物や推理小説が好きです。
2人の好みが一致したのはジェフリー・アーチャー。
久々に読む恋愛小説が、私には新鮮に映ったのでした。
冬枯れの朝の公園は、予想通りお散歩している老夫妻が二組、早咲きの梅の写真を撮っている男性が一人だけ。
ぐるりと一周りしてから、ベンチに座り、途中で買ったお茶を飲みました。
「たまにはこういうデートもいいよね。
でも、この後はやっぱり・・・」
でも、この後はやっぱり・・・」
久しぶりの、公園でのキスでした。
この人との始まりはいつだったのかしら。
夫としかセックスをしたことはなかったのに・・・。
1年半、同じ部署で仕事をして、Yさんが私に好意を抱いていることはなんとなく分かっていました。
顔を上げれば目が合う位置に座っているのに、わざわざメールで会話しました。
『ランチ、一緒に行きませんか?』
『OKです』
『じゃあ、1階のエレベーターを下りたところで、12時半に』
2人とも観劇が趣味ということが分かり、Yさんに「今度一緒に行きましょう」と誘われて「是非!」と答えたものの、同時に戸惑いもありました。
お互い結婚しているのに、2人だけで出かけたりしていいのかしら?
これも不倫になるのかしら?
でも、忘れかけていた“ドキドキする感じ”が、そんな戸惑いをすぐにどこかに追いやってしまい、いつか来るとなぜか確信していたお誘いを待つようになりました。
Yさんからメールが届いたのは、私が別の部署に異動になって1ヶ月が過ぎた頃でした。
『来日ミュージカルを一緒に観にいきましょう』
待ち望んでいたお誘いを受け、心が弾みました。
前日は美容院とネイルサロンに行き、何を着て行こうかクローゼットの前であれこれ悩んで・・・デートの前日ってこんな感じだった、と思い出しました。
ミュージカルそのものも面白かったし、始まる前の食事、幕間のおしゃべり、観劇後のお茶。
楽しい時間はあっという間に過ぎました。
そして、「また行きましょうね」と言って別れました。
その後は、毎日のようにメールが行き交いました。
そして、今度は思い切って、私がYさんを誘いました。
大阪での上演だったのですが、彼からは直ぐにOKの返事が届きました。
平日休みを取って、飛行機で大阪に行くことになりました。
部署が違うので、同じ日に休んでも怪しまれないでしょう。
大阪行きを2週間後に控えたある日、私がずっと聞きたかった言葉をYさんはメールに書いて送ってきました。
『貴女が好き』だと。
私も直ぐに返しました。
『あなたが好き』と。
胸が締めつけられるような切なさと、体が内から熱くなる昂揚感に自分が恋してることを実感したのです。
Yさんは、ロマンチストです。
見かけは柳葉敏朗にちょっと似た感じで(本人は和製キアヌ・リーブスといってますが)、生粋の大阪人なのですが、メールの中には女心をくすぐる言葉がそこここに散りばめられていました。
『君は手の届かないきれいな真珠のようだった』
目の前で言われたら笑ってしまうようなことも、メールだと、なんだかその気になってしまう。
やっぱり恋していたのでしょうね。
大阪に行く前に、1度デートすることになりました。
Yさんの奥様とお子さんは、奥様のご実家に帰省中。
私の子供はちょうど遊びに来ていた父に預けて、日曜日の10時に新宿3丁目で待ち合わせ、新宿御苑に行きました。
ちょっと遅れた私を、Yさんはにこやかに迎えてくれました。
小走りでYさんのところに駆け寄った私は、ごく自然にYさんの腕に自分の腕を絡めました。