「あたしの弟」小学校時代

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「あたしの弟」小学校時代

「わーっ、返してよぉ!」
「きゃっはは。ほーら、ここまでおいでー」

あたしは弟が手にしていた紙をひったくって
駆け出した。大あわてであたしを追いかけてくる。

バタバタバタ。
ドタドタドタ。
ばたんっ。
ガチャ。

部屋中を駆け回った挙げ句に、あたしは誰もいない
おとーさんの書斎に入ってカギをかけた。

ドンドンっ。
ドンドンドンっ。

「お姉ちゃん、開けてよっ! 開けてよーっ!」

弟は半べそをかきながら書斎のドアを叩く。

「なになに…、『ぼくは、超機動ソルジャー グレート
 ファイターの大ファンです』」

あたしはわざと大きな声で、紙に書いてある文章を
棒読みで朗読する。

「読まないでよーっ! 返して、返してぇー」

涙混じりの声で弟は、しつこくドアを叩き続けている。
けれどあたしはお構いなしにいじわるを続ける。

「『先週の”絶体絶命、勇者大ピンチ”は、とても
 こうふんしました。』なに、これ。
 あんたバッカじゃないのぉ?」
「わぁーん、ああーーん」

とうとう弟は泣き出した。もう、すぐに泣くんだから。
だらしないの。

「おかーさぁん、お姉ちゃんが…お姉ちゃんがぁぁ」

まずーい!
すぐにドスドスという威勢のいい足音が、ドアの向こうから
聞こえてきた。外で洗濯物を干していたおかーさんが
やって来た。

ドンドンドンっ!

「未甘っ、あんたまた倫悟を泣かしたね!」
「あたし何もしてないもんっ」
「いいからここ開けな」
「や……やよっ。おかーさん、あたしをぶつもん!」
「早く開けないとぶたれる数が増えるよ」

おかーさんの声は激しさこそ抑えてはいるけど、その迫力は
十分すぎるほどだ。

かちゃ…。
バンッ!

カギを外したとたん、おかーさんが入ってきて、いきなり
あたしの頭にげんこつを入れる。

ぼかっ!

「痛ぁいっ!」

ぽかっ、じゃないよ。ぼかっ、よ。小さなコブができたんじゃ
ないかと思うくらい、本当に痛い。
カッコ悪いけど思わず涙が出ちゃった…。

「何回言ったらわかるんだい! 倫悟をいじめるなって
 あれほど口をすっぱくして言ってるだろう。
 今度やったら物置に閉じ込めるからねっ!
 わかったかい」

あたしは思いっきり不機嫌な顔をして、おかーさんの目をのぞき込む。

「わ、か、っ、た、の、かい!」

鬼のような恐い顔で厳しく聞き直す。

「わかったわよ…」

小さく、ふてくされたような声であたしは答えた。

「わかってないようだね。もういい、こっちに来な」

おかーさんがすごい力であたしの腕をつかんだ。

いけない、物置に閉じ込められちゃう!

「やっ……、ごめんなさい! お母さん!
 あたしちゃんとわかったから! やだ、許してっ」

強くあたしの手首をにぎって、あたしをにらんでいた
おかーさんは、何度も謝ってからやっと手を離してくれた。

「本当にわかってんだろうね?」
「うん……」
「返事は…」

おかーさんがそう言いかけて、あたしは

「はいっ」

と、言い直した。


おかーさんはあたしよりずっと大きくて、おとーさんと
同じくらい身長がある。少し太り気味だけど力はものすごく
強くて、おとーさんはもちろん、町内会のお祭りのときの
腕相撲コーナーでも、よその子のお父さん(すっごく体が大きい
人だったのよ)を負かして優勝したくらい。
おまけにとっても恐くて、しょっちゅうあたしの頭に
げんこつをする。倫悟にはそんなことしないくせに。


おかーさんが洗濯物を干しに戻った後で、こそこそと
部屋に戻ろうとする倫悟を、あたしはつかまえた。

「あんたのせいでおかーさんに叩かれたじゃないの」
「ぼ、ぼくのせいじゃないよぉ」
「あんたのせいよっ。あんたがおかーさんに告げ口なんか
 したからでしょ。ごめんなさいは?」
「そんなのひどいよ。お姉ちゃんがぼくの手紙、勝手に
 読んだのが…」
「へえ、あたしに逆らうの。いい度胸ね。
 今度おかーさんがいないときには覚えてなさい」

あたしはクラスの男子でも震え上がらせる、得意の恐い目で
倫悟をにらんだ。

「わ、わかったよ。謝るよ。ゴメン」
「ゴメン、じゃなくて”ごめんなさい”でしょ」

あたしはいじわるに訂正させる。

「ご……ごめんなさぁいっ」

納得がいかないといったふうな謝り方だったけど、
あまりいじめるとまたおかーさんに告げ口されるから、
この辺にしておいた。

「まったく。いい年して何が超機動ナントカよ。
 いつまでたってもコドモなんだから」

あたしはぶつぶついいながら、自分の部屋に引き上げた。


**  **

彼女の名前は古津 未甘(ふるつ みかん)。
12歳の小学校6年生。勝ち気で短気だが、運動神経は
抜群によく、おまけになかなか可愛い部類に入るため
学校でも人気がある。ただし、しょちゅう男の子とケンカを
しているため、一部の男子からは嫌われ(または怖がられ)て
いる。しかしそれもこの時期の子供にみられる、
「好きな子にはつい、いじわるをしてしまう」
などの類だろうと思われる。
一方、未甘にこっぴどくやられていたのが、弟の
古津 倫悟(ふるつ りんご)。実は未甘とは二卵性双生児。
姉とは正反対で、引っ込み思案で内気な性格。
体も小さく、スポーツ関係は全般的に苦手で、体育は常に
「もう少しがんばりましょう」
好きなものはTVゲームや漫画、アニメ。12歳にして
早くもそっちの道に入りかけている少年だ。
顔は姉に似て、男の子なのに可愛い顔立ちをしており、
クラスでも男子とよりは、ゲームや漫画好きな女の子達と
よく遊んでいる。

未甘はおとなしい倫悟をしょっちゅうからかったり、
いじわるをしたりしている。別に倫悟のことが嫌いな
わけではない。ただ、倫悟が困ったり、嫌がったりする
のを見るのが面白いのだ。
倫悟の方はといえば、確かにいじわるされたりしたときは
未甘のことなど大嫌いだと思っているが、それでも姉を
非常に頼りにしている。クラスの男子が倫悟をからかって
泣かしたりしていたら、即座に割って入って、ケンカを
始める姉を本当は慕っている。
本音では姉のことが好きなのだが、普段はいじわるばかり
されているため、なかなか素直になれない所がある。


**倫悟**

ひどいよ、お姉ちゃん。こっそり書いてたファンレター
勝手に取って読むし、お姉ちゃんが全部悪いのに、ぼくの
せいだって言って謝らせるし。
ふん、お母さんにぶたれていい気味だ。お姉ちゃんなんか
物置に閉じ込められて「おかーさん、出してぇ」って
泣いてりゃいいんだ。
ぼくは自分の部屋のベッドの上で、さっきからお姉ちゃんの
悪口ばかり考えていた。


本当にぼくら、双子の兄弟なのかな。どう考えたって
ぼくとお姉ちゃん、似てないよ。性格だって違うし、
体だってお姉ちゃんの方がずっと大きいし。
でも、学年は同じ…。
誰が見たってお姉ちゃん、中学生ぐらいに見えるよ。
背は高いしさ、他の女子と比べたって胸もあるし…。


や、やだっ…、ぼく、何考えてんだ。こんなやらしいこと
考えちゃうなんて…。
知らないうちに、ぼくのほっぺたは赤くなっていた。


「こらっ」
「わあっ!?」

勝手にぼくの部屋のドアを開けて、お姉ちゃんが入って来た。

「何よ、いきなり大声あげたりしないでよ。
 びっくりするじゃない」
「そっちこそ、なんでいきなり入ってくるのさ。
 ぼくがお姉ちゃんの部屋にノックせずに入ったら、
 いっぱいぶつくせに」
「あたしは女の子なのよ。レディの部屋にノック無しで
 入れるわけないでしょ」
「あんなに他の男子をなぐったりけったりして
 何がレディだよ…」
「何か言った?」
「なんでもないよ」

ぼくはふん、とそっぽを向いた。

「なんの用なの」

ぼくは顔をそむけたまま、ぶきらぼうに言った。

「おかーさん買い物に出かけたしさ、仲直りして
 一緒に遊ぼうよ」

えっ、お母さん出かけちゃったの!
やばいよぉ。お母さんがいなかったら、お姉ちゃん、ぼくに
何するかわからない。怒らせたら本気でぼくのことなぐるもん。

「ぼく、これから遊びに行こうかと思って…」
「今までゴロゴロしてて、なんで急に遊びに行くのよ」
「そんなのぼくの勝手じゃない」

ぼくは自分でも情けないくらい、弱っちい言い方で言い返した。
あまりお姉ちゃんに逆らうと、ろくなことがないからだ。

「あたしがわざわざ遊んであげるって言ってるのに、
 あんたは外へ遊びに行くって言うのね?」

わあ…まずいよ。喋りながらもお姉ちゃんの言い方は、
顔色と一緒にだんだん恐くなってくる…。

「だ…だって…」

ぼくの声は消え入りそうなくらい小さかった。

「あたしを怒らせるのと、素直に遊んでもらうのと
 どっちがいいの?」

出た。お姉ちゃんの二者択一。
どっちを選んだっておんなじじゃないか。
でもそんなこと、絶対口には出せない。

「どっちなの?」

ぼくが何も答えず黙っていると、さっきよりも恐い声で
聞いてきた。

「お姉ちゃんと遊ぶ方…」

なんだか先生に叱られてる子の気分だ。すごくみじめ。

「そう。じゃ、何して遊ぼっか」

少し機嫌を直したお姉ちゃんは、あれこれ考え始める。
どうせどんなのにしたって、結局ぼくをからかったり
いじわるしたりする気なんだ。わかってるんだ。


「うーんと、それじゃあねえ。”しりとり”しよ」
「えー…」

ぼくは思わず不満そうな声を出してしまった。

「あたしが決めたことがそんなに嫌なの」

また機嫌が悪そうになる。ぼくはあわてて訂正した。

「いいよ、しりとりするよ」
「じゃあね、しりとり」
「り…。り、り……漁師」
「し、し…ね。えーと、鹿」
「か……か…カメラ」
「ラッコ」

お姉ちゃんはなぜかしりとりが大好きだ。たいくつな時は
ぼくをつかまえてしょっちゅう相手をさせる。
こんなのどこが面白いんだろ。


「てがみ」
「み……みぃ?」
「早くいいなさいよ」

もう15分は続けている。いいかげん、言葉も思い浮かばなくも
なってくるよ

「後5秒よ」
「そんなぁ!」
「4、3、2…」
「み、み、み……ミシンっ!
 っ…! しまった…」
「わーいっ、倫悟の負けっ」
「ちぇ……。
 ならもういいでしょ。しりとり」
「負けたんだから罰ゲームを受けなきゃダメよ」
「なんだよそれ。そんなの聞いてないよ」
「何言ってんのよ。勝負をするからには、負けた方は
 ちゃんと罰を受けなきゃ」

何が「ちゃんと」だよ。そんなの無いよ。

「ルールはルールよ」
「そんなルール、ぼく知らないよぉ」

ぼくが困った顔をするとお姉ちゃんは余計に嬉しそうにする。
だからぼくはお姉ちゃんが嫌いなんだ。


「それじゃあ罰ゲームを発表しまーす」

司会者がマイクを持っている真似をして、ひとり勝手に
乗り気になっている。

「しりとり歌合戦負けた古津倫悟の受ける罰ゲームは…」

どこが歌合戦だったんだよ。

「ズボンとパンツ脱ぎの刑に決定しましたー!」
「そんなのヤダよぉっ!!」

ぼくは悲鳴に近い声を上げた。

「さ、ズボンとパンツ、脱ぎなさい」
「そ、そん…そんなの、全然罰ゲームでもなんでも
 ないじゃないか」

今日のお姉ちゃんひどいよ。さっきお母さんに言ったこと
まだ根に持ってるんだ。

「いいから口答えせずに脱ぐの」
「やだッ!」

ぼくが部屋から出て行こうとすると、お姉ちゃんはドアの
前でとおせんぼをした。

「ここを通れるのは罰ゲームを受けた人だけよ」
「どいてよ、通してよ!」

ぼくは無謀にもお姉ちゃんにつかみかかった。

「痛たたたっ……!
 ひッ……、痛い、痛いよ」

ぼくの両手の手首をぐっとつかんで、関節と逆の方へねじる。
少しでも体を動かそうとすると、もっと力を入れてねじって
くるからどうにもできない。

「痛い…痛い……痛いってばぁ!」
「だったら言うとおりに罰ゲーム、受ける?」

お姉ちゃんはぼくの手をつかんだまま聞いてくる。

「ハダカになんかなりたくないよぉ…」
「別にハダカになれなんて言ってないじゃない。
 ズボンとパンツを脱ぐだけでしょ」
「おんなじだよ。
 あっ……あたたたた!」

何も言わずにぐいぐいとねじる。泣き虫なぼくの目には
もう涙が出始めていた。けれども、それぐらいで
やめてくれるようなお姉ちゃんじゃない。

「わかったよぉ、言う……言うとおり、するから…」

やっとお姉ちゃんは手を離してくれた。それでも痛くて
しばらくは手を動かせない。

「早くやらないと、今度はもっと痛いことするわよ」
「えっく……えっく…」

ぼくは半泣き状態で半ズボンのチャックをおろした。
お母さんがいれば助けてもらえるのに…。
半ズボンをカーペットの上に置いて、ぼくはTシャツと
ブリーフだけになった。

「パンツもよ」
「ぅ……わかったよお…」

逆らったってかないっこない。ぼくよりずっと強い
クラスの男子でも、お姉ちゃんには勝てないんだから。
ぼくは泣きべそをかきながらブリーフも脱いで、
ちんちんをお姉ちゃんに見せた。

「やだー、かわいー」

お姉ちゃんはぼくの前にしゃがんで、指でつついたり
なでたりする。

「倫悟ったら6年生にもなってまだ生えてないのぉ」

ぼくの顔は真っ赤になった。目をぎゅっとつぶってても
涙が次々出て、鼻水も出てくる。

「お……お姉ちゃんは……生えてるのかよぉぉ…」

ぼくは泣き声で言い返した。

「倫悟のエッチ! あたしにそんなこと聞くなんて
 いやらしい子ねっ」
「エッチなのは…、お姉…お姉ちゃんの…方じゃないかあ」
「生意気よ、倫悟っ。あたしもう怒った!
 マスターベーションの刑も追加するからねっ」

えっ!? マスターなんとかって、保健の時間で言ってた
やつのこと………?
白いおしっこみたいなのが出るとかっていう…。
お姉ちゃんはぼくのちんちんを手でつかんで、にぎったり
引っ張ったり無茶苦茶にいじくりまわす。

「痛いっ、痛いよ」
「変ねえ。こうやって刺激したら大きくなるって男子が
 言ってたのに」

お姉ちゃんはぼくの玉を強くつかんだ。

「いたああいっ!」

お姉ちゃんの手を払ってぼくはうずくまった。

「あ、ごめんごめん」
「わああ……お姉ちゃんなんか嫌いだぁぁ」
「なによ、謝ってるじゃないの」
「もうヤダよぉ!」
「わかったわよ。少しサービスしてあげるわよ」

サービス? なんだよ。まだ別の「罰ゲーム」を
しようっていうの?


**未甘**

あたしは服の襟元を指でつまんで、中が少しだけ
のぞけるようにしてみせた。
さっきまでわんわん泣いてた倫悟がぴたりと泣きやむ。
ぽかんと口を開けてあたしの胸元をじっと見てる。

「ハイ、おわり」

そう言ってあたしは襟元を元に戻した。

「ヤッダぁ~、倫悟のスケベ!」

あたしは倫悟のちんちんを指さして大笑いした。

「え? え? え……?
 ……あっ!」

自分のちんちんの状態にやっと気づいた倫悟は両手で
隠して体操座りのようなかっこうをした。

「やっぱり大きくなるんだー。へぇー…。
 倫悟ってやっぱりスケベね」

「違うよ、違うもん! 違うんだもん!」

これ以上赤くなったら死んじゃうんじゃないかと思うくらい
倫悟のほっぺたは真っ赤っかになってる。かーわい。

「何が違うの。あたしの胸見て興奮するなんて。
 それにしても、全然生えてなくてもちゃんと立つのねぇ」

「うええ……ん。お姉ちゃんのバカぁ!」

あーあ、また泣きだしちゃった。
もう、面倒なんだから、この子は。

「男の子でしょ。このくらいで泣かないの」

あたしは珍しく、優しい声で倫悟の頭をなでてやった。

「うぇええ…。うるさい、あっち行け!」

倫悟はパシっとあたしの手を払い除けて泣き続ける。

ムカっ…!
人がせっかく親切にしてあげてるのに。

ぱん!

あたしのビンタが頬に決まると、倫悟は一瞬泣きやむ。
そしてまた大げさにぴーぴー泣き始める。

「あんた、誰に向かってそんな口聞いてるのよ!
 ふざけてると許さないわよ!」

得意の脅しをかけると、魔法のように倫悟は泣きやんだ。
とはいっても、まだ時々しゃくりあげてるけど。

「マスターベーションの続きをするわよ」
「うっく……うう……。
 ヤダよ…。ぼく、やりたくないよ…」

片方の手で涙を拭き、もう片方の手でちんちんを隠している。
あれほど大きくなってたのに、いまは手の中に隠れるくらい
小さくなってしまってる。

「じゃ、もう1回だけ胸、少しだけ見せたげる」
「やだよ。もういいよ……いやだよ」

倫悟は顔をそむけて目を閉じる。またほっぺを叩いて
無理やり見させてもいいけど、それじゃすぐにまた小さく
なるるだろうし…。うーん…どうしたら……。

………。

そうだ! いいこと思いついちゃった。

後編

「ねえ、倫悟。あんたさっきあたしに毛が生えてるのか
 どうかって聞いたよね」
「ご、ごめんなさい。謝るから許して…」
「別に怒ってるわけじゃないでしょ。なに勘違いしてるのよ。
 教えてあげよっか。あたし、少しだけどもう生えてるのよ」
「えっ……?」

思った通り! 倫悟ったら名前通り、顔までリンゴのように
真っ赤になっちゃって。

「ふっふふ、うらやましいでしょ?」

あたしは少し得意げに言った。

「………」

けど倫悟は顔を赤くしたまま、あたしから目をそらすだけで、
別に何も言ってこない。ちょっと面白くないあたし。

「お姉ちゃんを無視する気なのっ?」

ちょっと乱暴な口調で言った。

「ちっ…違うよ」
「じゃあどうなのよ」
「う……、その……う、うらやま…しいよ…」
「でしょう。こんな赤ちゃんみたいなちんちんとは
 違うのよ」
「あっ、やめてよ!」

あたしが倫悟のちんちんをつかむと、倫悟はその手を
どけようとする。

「気安くあたしの手に触れるんじゃないわよ」
「だって…!」
「まだ口答えするの? もう一回ぶたれたいの」

倫悟は黙って首を横に振った。

「ならおとなしくしてなさいよ。
 それよりもあたしのアソコ、見てみたい?」
「っ………!」

さすがに驚いた顔をしている。純情な子なんだから。

「どう。見たい?」
「…ううん」

うつむいて倫悟は小さく答えた。あたしは意外な反応に
少しあっけに取られたけど、すぐに腹が立ってきた。

「なによ。見たくないって言うのっ!?」
「だ……だって、見たいって言ったら、お姉ちゃんまた
 ぼくのことぶつ気だもん!」
「ぶちゃしないわよ」
「うそだよ」
「ぶたないって言ってるでしょ」
「じゃあ叩く気なんだ」
「いいかげんにしなさいよ! だれがトンチ合戦やるって
 言った?
 ……もう、叩いたりぶったりしないから。約束してあげるから
 本当のこと言ってみなさい」

たまには姉らしいことを言ってみる。うーん、ちょっと
甘やかし過ぎかしら?

「本当にぶたない………?」
「言ってるでしょっ。あまりしつこいと今すぐげんこつよ!」
「わかったよ、言うよっ。
 み、見た……ぃ…」

あたしは蚊が鳴くようなその小さな言葉を聞いて、にやりとした。

「ヤッダぁ~。倫悟のえっち、変態、スケベ!」
「お姉ちゃんが言わせたんじゃないかぁ!」
「あたしは本当のことを言いなさいっていったのよ。
 そっかー、倫悟はあたしのアソコがみたいんだ。いやらしぃ。
 明日学校で言いふらそっとぉ…」
「ひどいよ、そんなのインチキだ。ずるいよお姉ちゃん!」

倫悟がまた泣きそうな声で文句を言うと、あたしはギロリと
得意のにらみをきかせた。

「あたしがインチキだって? よくもそんな偉そうなことが
 言えたわね、変態倫悟。あたしの胸見てちんちん大きくしたり
 アソコを見たいって言ったりするくせに」
「…………」

押し黙って何も言い返して来ない。
少しでも弱みがあると倫悟は何も言い返せないことを
あたしは知っている。

「今すぐちんちんを立ててマスターベーションをしなさい。
 精子が出せたらさっきのことは黙っててあげる」
「そんなの無理だよ。ぼく、そんなのしたことないもん」
「嘘ついてもわかるのよ。一回ぐらいあるでしょ?」
「一回もないよ。本当だよ、信じてよ」

あれ…、本当にないのかぁ。困ったなあ。あたしもやり方
知らないし。

「じゃあクラスの誰かに電話してやり方を聞きなさいよ」
「いっ…嫌だよ!! そんなの絶対に嫌だよ!」

倫悟はあたしから逃げ出して部屋のすみの方で縮こまる。

「これはあたしの命令だからね。しなさい」
「やだやだやだやだっ! 絶対にいやだぁーっ!」

無理……みたいね。しかたないか。

って、あきらめたりはしないわよ。倫悟がしないなら
あたしが電話すればいいことなんだから。

「ちょっとここで待ってるのよ。逃げたりしたら裸で町内
 一周の刑だからねっ」

そう釘を刺してておいて、あたしはクラス名簿を部屋から
取って来ると、電話口に向かった。

倫悟が逃げやしないかって?
 大丈夫、倫悟が2年生のころ、本当に裸で町内一周を
やらせたことがあるんだもん。
後でおとーさんとおかーさんにめちゃくちゃ怒られて、
ご飯抜きで物置に一晩中閉じ込められちゃったけど…。


「あ、田中? あたしよあたし。
 ちょっと悪いんだけどさー、マスターベーションのやり方
 教えてくんない? え? なに?
 あんたナメてると明日学校で半殺しにするわよっ!
 え? うん、うん……。わかった。
 嘘だったらただじゃおかないからね。わかった?
 じゃあね」

ピッ…。

さてと。
待ってなさい、倫悟。


**倫悟**

どん、どん、どん。

お姉ちゃんが荒っぽい足音で部屋にやってくる。電話でやり方を
聞いたんだ。
やだよ。やりたくないよ、そんなの。

「倫悟。さ、やりなさい」

部屋に入ってきたお姉ちゃんは、いきなりぼくの襟首をつかんで
言った。
逆らいたくてもそれは無駄な抵抗なんだ。ぼくはしかたなく
お姉ちゃんの前に立った。もちろん、ちんちんは手で隠している。

「あたしの言うとおりにするのよ。ちんちんを両手でにぎって
 こういうふうにごしごしやって」

そう言って4本の指と親指を曲げて、手を上下に振って見せた。
嫌だったけど、ぼくは言われたとおりにちんちんをにぎって
前後にこすってみた。
一分ほど続けるけど何も起こらない。ちんちんが固くなったり
しないし、柔らかいまま。
お姉ちゃんのほうをちらっと見ると思いっ切りイライラしている。
まずいよ、また怒られる。

「ちょっと倫悟。まじめにやってるの」
「やってるよお…」
「ちっとも大きくならないじゃない」

あせるぼくはこする力をもっと強く、速くした。
けれども結果は同じ。

「ぼくこんなことやったことないし、きっと無理なんだよ」
「学校の先生はもうできるって授業で言ってたでしょ。
 クラスの男子も何人もやってるんだし」
「ぼくにはまだできないよぉ…」
「ちんちん立たせれるんだからできないわけないでしょ」

それから2分ぐらい続けたけど、あせればあせるほどちんちんは
立ちそうにない。

「しょうがないわね。倫悟、これを見なさい」
「え…?
 え、ええっ………??」

お、お姉ちゃんは服のすそをたくし上げて、おっぱいをぼくに
見せた。初めてぼくはお姉ちゃんのふくらんでいる胸を見た…。
最近、一緒にお風呂に入ったことないけど、一番最後に見たときは
ぼくと全然変わらなかったのに、今はすごく大きくなってる。

「あ……あ、…ああ……」

ぼくのちんちんは自分でもびっくりするぐらい早く大きくなった!

「やっぱりエッチね。ちょっと胸を見せたらもうこんなに
 なっちゃって」

ぼくはちんちんを一生懸命にこすった。なんだかさっきまでと
感じが違う。もっともっとこする力を上げると、ちんちんの
先の方は、もう真っ赤を通り越してだんだん紫に近い色に
なってくる。

…大丈夫かな。このまま、ちんちんが取れたりしないかな…。

ちょっと心配になってくる。
あれだけギャーギャーぼくにあれこれ言ってたお姉ちゃんも、
今は黙ってぼくのちんちんを見つめている。

「ふっ……ふっ…ふぅっ…」

ただちんちんをこするだけでも、こんなに疲れるなんて…。

「ぁっ………!…?」

ぼくのちんちんに変な感じが突き抜けた。それと同時に、
まるで絵の具のチューブを押したように、ちんちんの先に
真っ白なものが飛び出してきたんだ!

「わっ……わっ……、あ………あ!」

あわてて手を離したけれど出てくるのは止まらない。

ちんちんはびくんびくん跳ねながら、ぼたぼたとカーペットの
上に白いのが落ちた。

「はぁー……はぁ……はー…」
「うわぁ、気持ち悪ぅい…」

お姉ちゃんが嫌そうに言った。
知らず知らずのうちに、ぼくの目はじわっとなる。
こんな変態みたいなまねさせられて、しかも精子とかいうのが
出るところを見られたんだもの。

「うっ………う、う…。
 うぇぇえぇ…」
「またそうやって泣くっ!」

お姉ちゃんが怒っても、ぼくの涙はしばらく止まらなかった。


ぼくはあの日からずっと、お姉ちゃんへ復しゅうすること
ばかり考えていた。ぼくがあんなに恥ずかしい思いをしたって
いうのに、お姉ちゃんはあいかわらずケロっとしている。
たまらなく、くやしいよ。

だけどいいんだ。
ぼくにだって考えはあるんだから。


ある、とても暑い日のことだった。ついにぼくは復しゅうを
してやることにした。

休み時間の教室ではみんなが思い思いのことをしていた。
本を読んでいる子、おしゃべりをしている子、ふざけあって
いる子。
お姉ちゃんはクラスの男子と腕相撲をしていた。
当然のように連勝している。だけどその得意げな顔をして
いられるのは今のうちなんだから。

ぼくは何気ないそぶりでお姉ちゃんの後ろに回った。
ちょうど対戦相手が代わるところで、お姉ちゃんは余裕を
見せて構えている。
ぼくはそっと近づいて、お姉ちゃんのすぐ後ろに立った。
そして肩を抱くようにして胸の前の服をつかんだ。

一瞬だった。ぼくはそのままありったけの力を込めて、
服を左右に引っ張る。周りにいる子達の「あっ」という
声と同時に、ブチブチっという音がした。
ボタンは好き勝手な方へ弾け飛び、服の下に隠されていた
お姉ちゃんのおっぱいがみんなの前にさらし出された。

「ぁああーっ!!」

耳の中を細い棒でつつかれたような感じがするほど、
甲高い悲鳴をお姉ちゃんは上げた。すぐにぼくの手を
振り払って服でおっぱいを覆い隠した。
ぼくは殴られる、と思って体を固くして身構えた。
だけどお姉ちゃんはガタンっと椅子から飛び跳ねるように
立ち上がり、全速力で周りの子達をはねのけながら教室から
飛び出していった。

そのときぼくは見た。
胸が痛くなるほど、真っ赤な顔をしてお姉ちゃんが
泣いていたのを……。


その後すぐ、教室に駆けつけてきた担任の先生に、
思い切り強い力でほっぺたを叩かれた。一回だけじゃない。
覚えているだけでも4回はぶたれた。
男の先生だったけど、ぼくらを叩いたりしたことは一度も
なかった。先生の目は、今まで見てきたどんな恐いものより、
何十倍も恐かった。

それから後のことは、わんわん泣いていたから
よく覚えていない。
お母さんも学校に来た。ぼくの顔を見るなり、ぼくを
力いっぱい叩いた。
その日は、泣いている時間の方が泣いていない時間より長かった。
もう、なんで泣いているのか自分でも
わからなくなるくらいだった。


ほんのいたずらのつもりだったんだ。
ぼくのちんちんを触ったり、自分から胸を見せたり
してくるぐらいだからみんなの前で少し恥ずかしい思いをして、
それでぼくをめちゃくちゃに殴って、それで終わりだと
思ったんだ。

ぼくはお姉ちゃんを女の子として見ていなかった。
男子より強くて、エッチなことでも平気でやって、
ずぶとい神経の持ち主――
そんなふうに思っていた。
まさか、普通の女の子と同じように傷ついたりするなんて、
夢にも思っていなかった。
ほんの軽い、いたずらのつもりだったんだ。


ぼくはお姉ちゃんに謝ろうと部屋をノックしたけれど、
けしてドアは開けてくれなかった。
お母さんやお父さんは入れても、ぼくだけは入れてくれなかった。
何度もドア越しに謝った。でも返事もしてくれない。
無視される度に、ぼくは泣いた。
5日間、お姉ちゃんは部屋から一歩も出なかった。


お姉ちゃんが部屋から出てきてから2週間ほどたった。
あいかわらずぼくとは全然口をきいてくれない。
何回も話しかけた。
何度も謝った。
でも、無視された。
ぼくは泣くことしかできなかった。

お母さんや先生に説得されて学校に通うようになったけど、
前のようなお姉ちゃんじゃなくなっていた。
男子達と話をしたり駆け回ったりすることはなくなって、
女子と話をしたり、図書館で本を読んだりするようになった。

変わったのはお姉ちゃんだけじゃない。
ぼくも前とはずいぶん変わった。
ぼくのやった”あのこと”は男子達に受けていた。
自分達でもかなわないお姉ちゃんを、いじめられっ子の
ぼくがあんなことをやったということで、いつの間にか、
ぼくは男子グループの輪の中へ入っていた。
一緒に遊んだり話をしたり、今までじゃ考えられなかったことだ。
女子はぼくを軽べつの目で見るから、自然と一緒に遊ぶことも
なくなっていった。
誰もがこんな噂をしていた。

――倫悟と未甘、性格が入れ替わったんじゃないの。


**未甘**

あたしがいけなかったんだ。
調子に乗って倫悟をいじめてばかりいたから、きっと神様が
バチを与えたのよ。
あたしはすっかりおとなしくなっていた。
なんだか前みたいにはしゃぐ気になれない。
なんとなく、男子達とつき合うのがいやだ。
女の子と一緒にいる方がいい……。

倫悟、寂しそう。
男子と遊ぶようになって、前よりは少したくましくなったような
気もするけど、あたしが一度も口をきいてないせいか、
いつも本気で笑っていないみたい。
あたしも悪かったんだし、倫悟は何度もあたしに謝っている。
許してあげたい。素直になって「ごめん」って言いたい。
でも、あの子の顔を見るとどうしても、つい無視してしまう。

仲直り、したいのにな…。


**倫悟**

「ただいまー」

ぼくは玄関の郵便受けを開けた。いつものように、ダイレクト
メールや、電気やガスの請求書みたいなのがいくつか入っている。
その中に白い封筒がひとつ混じっていた。
女の子っぽい封筒だからきっとお姉ちゃん宛てだろう。
玄関のドアを開けながらちらりと宛名を見た。

”古津倫悟様へ”

え? ぼく宛て?
誰だろうと封筒をひっくり返してみた。その時ぼくは一瞬、
自分の目を疑った。差出人の住所はぼくの家からになっている。
そして差出人はなんと”古津未甘より”だって!?
もう一度、ぼくは封筒をひっくり返した。ちゃんと切手が
貼ってあり消印も押してある。
お、お姉ちゃんがぼくに手紙を……? なんで…。
ぼくは震える手で、びりびりと封筒を開いた。

『拝啓。
 倫悟君、お元気ですか。私はちょっぴり元気では
 ありません。
 さっそくですが、この間のことはもう怒っていません。』

怒ってない! お姉ちゃんはもう怒ってないんだ。
でもそれならどうしてぼくと口をきいて……。

『ですが、どうしてもつい意地を張って、あなたを
 無視してしまいます。私が素直でないことは
 倫悟君もよく知ってますよね。』

そうだったんだ。
ぼくは改めて、自分のやったことの重大さを
思い知らされた。

『本当は倫悟君と仲直りをしたいと思っています。
 だけどいっぱい倫悟君を無視したから、もう私の
 ことなんか嫌いになっていないかと、とても心配です。』

そんなことあるわけないじゃないか。ぼくはいつだって
お姉ちゃんのこと……その…。

『もし、私のことを許してくれるなら、お返事を下さい。
 また一緒に遊ぼうって言って下さい。
 お姉ちゃん、倫悟とまた話をして、遊んで、楽しくやりたい。
 寂しいよ、つまらないよ、こんなの。

 それでは失礼します。
                     古津未甘』

後半の文字のインクが所々、にじんでいた。
天気がいいのにどうして?
だけど、その答えはすぐにわかった。
ぼくの目からおちた涙が、同じようなにじみを、
新しく作ったのだ。
これ以上、お姉ちゃんに辛い思いをさせちゃいけないぞ、倫悟。

ぼくはランドセルを玄関に放り出して、封筒と便箋と切手を
買いに走り出した。


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