うちの実家は自転車屋なんですよ。
「訳が分からないけど急に空気が抜けちゃってぇ~」と甘えた声。
パンクというより、フレンチバルブの辺りかな‥と思った俺は何気にサドルに手を置いてしゃがんで見てみた。
サドルがまだ暖かいこの美人のマソコが今の今までここに密着していたんだな‥
「ちょっと用事済まして来ていいですか?」
と美人が言うので
「どうぞ、見ておきますから」
と俺。
美人が店を出て行って即、サドルにそっと鼻を近づけた。
ふと顔をあげると美人が何故か店に戻っていて俺を見ていた。
やや気まずい空気が俺と美人の間を流れたが、どうも美人の様子がおかしい。
「あ、あのトイレ貸していただけないでしょうか‥?」
そうか、トイレに行きたいのか。
俺はさっきのことが帳消しになるような気がした。
「ああ‥どうぞ。
こっちです」
こっちです」
店の奥、自宅につながる短い廊下を通って居間に上げて、トイレに案内した。
その間無言ではあったが、美人はかなり逼迫している様子だった。
こんな通りがかりの自転車屋で女性がトイレを借りるなんて、それだけでも想像できる事態だ。
美人がトイレのドアを閉めて、中に入った後俺は所在なさげにそのまま立っていた。
どこで待ってたらいいのか、ちょっと判断がつかないような‥
あんまり近くにいても美人は恥ずかしいだろうし、かと言って見知らぬ他人を家の中に入れたまま店の方に戻るのも無用心な気がした。
考えてみれば、トイレの中にいる美人には、俺がどこにいるのか分かるはずもないので俺はそのままトイレのドアのまん前に立っていた。
美人が出てくる気配がしたら、少し離れよう‥そして、中の音に耳をそば立てた。
トイレの水を流しながら用をたしていたが、じゃーっとおしっこの音ははっきりと聞こえた。
長い長い音だった。
相当ガマンしていたのだろう中での水音はすっかり止んで下着を履くような衣擦れの音がしたので俺は素早くその場を離れ、居間の方に向かった。
しかし、美人は一向に出てくる気配はなく、何なんだ‥?と心配になったが、きっとトイレに行ってスッキリしたら急に恥ずかしくなって出て来ずらくなったのだろう‥と思っていた。
そして少し経つと、ややゆっくりとした動作で美人が出てきた。
俺はさっきの事もあるし、何て声を掛けていいかもわからず所在なさげにしていると、
「あの‥どうもすみませんでした。
ありがとうございました‥」
ありがとうございました‥」
美人がはにかんだ様子で言った。
さっきバルブを見た時に自転車に貼られていた住所のシールで確認していたので
「ずいぶん遠くから来たんですね?」
と言ってみた。
シールの住所A町はここから10km弱は離れていると思う。
「タイヤ見る時にシールの住所を見てたんですよ」
我ながらバレバレな言い訳だとは思ったが、ついそんな言葉が口から出てしまった。