学校から帰ってきても、「ただいま」とか「おかえり」とか挨拶するのが嫌で、夕飯まで外で時間をつぶしたり、こっそりと家に入って父が帰ってくるのを待つことが多かったです。なるべく顔を合わせないようにしていました。美さんのことを嫌っていたというよりも、照れくさかったのかもしれません。
あの日も学校が終わって、私は家 には帰らず近所の公園で友達と遊んでいました。すると、公園から空き地を挟んだ向こう側の道を美さんが歩いてくるのが見えたんです。この道はスーパーとは逆の方向だし、私を探しに来たんだと思って、私は隠れました。ところが美さんは公園へは来ず、アパートの裏に並んでいる車庫の後ろの方へ入って行ってしまいました。そして、彼女を追うように知らない男性が付いて行ったのを見たんです。私は「おかしいな」と思い、また子供ならではの好奇心もあって、こっそり様子を見に行きました。
私が車庫の裏手を覗くと、車庫と草むらの間の外からは影になって見えない狭い場所に、先ほどの男性がこちらに背を向けて立っているのが見えました。そして、美さんはその男性のすぐ目の前に座っていて、何かをしている様子でした。男性のお尻の影になっていて、美さんの顔は全く見えません。ただ、美さんの細くて白い指が男性のズボンの太股の裏の辺りを掴んでいるのが見えました。当時の私は子供だったので二人が何をしているのかわかりませんでしたが、何か見てはいけないものを見てしまったというのは感じていましたし、心臓がすごくドキドキして息が苦しいくらいだったのを覚えています。
その最中、時折、男性は何か小さな声で話していたのですが、「友達もみんな会いたがっている」とか「次はもう少し持ってこい」とか、そんなことを言っていたのを覚えています。そして男性は「うう」と低い声を漏らし、美さんはいきなり男性から顔を離すと、苦しそうにむせながら草むらに何かを吐きだして、その行為は終わりました。最後にその男性は、「家に電話されたくなかったら、オマエから電話しろよ」と言っていました。
私は急に怖くなってきて、その場を離れました。夕飯のときには、いつもと同じ美さんが父と笑いながら話をしていて、私は先ほど見たことが現実だったのか、本当に美さんだったのか、わからなくなりました。
それから年ほどして、父と美さんは離婚したのですが、あれから年以上経った今になっても、父は離婚の理由を教えてくれません。